値段が高くなるだけでメリットが少ない。これは現状の量産車において「EVは構造が単純」といわれることの理由にもなっています。
時折、SNSでは「EVは変速機がないからICE車より構造が簡単だ。原理的に安いのでいつかコスト競争力でICE車を上回る」なんて意見が展開されています。これは内容が誤っている上に順序が逆だといえます。正しくは「EVはバッテリーコストが高すぎるために可変式のトランスミッションを採用する余裕がなく、固定式のトランスミッションでコストダウンせざるを得ない」ということが今の状況です。
そもそも、可変式のトランスミッションで高速巡航の走行距離を稼ぐメリットが少ないことも関連しています。可変式にしたところで、ICE車に対して走行距離を含めた使い勝手のメリットを打ち出すのが難しいのです。実際、コスト観点や競合としてのICE車をあまり考えなくてよいモータースポーツの世界、「フォーミュラE」で過去に導入された「Gen.1」では、3〜5段の変速機を採用した車両たちがしのぎを削りました。
原理的にはモーターも回転数が上がるほど単純に消費エネルギー量が増え、また同じ加速をするのにより大きな出力を必要としますので、基本的に変速比可変の方が走行距離も加速力もよくなるのです。「バッテリーのコストさえ気にする必要がなくなれば、変速比可変の変速機を搭載していった方がよい」。これは押さえておきたい事実です。
3〜5段の変速機が採用されたフォーミュラEでも、最新版のGen.3ではほぼ1段固定ギヤ車両ワンメークになりました。これはフォーミュラEの主戦場が比較的低速な市街地のサーキットであることに加え、許容されるモーターの出力体格やバッテリー容量がGen.1に対して倍以上に増大したことも大きな理由です。これも「市街地走行だけを考えるのであれば、仕様によっては固定ギヤのままでも問題ない」という事実です。
しかしレギュレーションでシームレスシフトが許可されていない関係上、有段式トランスミッションのメリットが削減されている側面もあるということを頭に留めておいた方がよいでしょう。動力断絶する必要のないCVTが将来的に採用される可能性も考えられるためです。
まとめますと「今後の展開によっては市販のEVも十分複雑になる可能性があり、そうするメリットもある。しかし現状ではコストアップに対して商品価値的なウエイトが軽く、重視されていない事例が多い」ということですね。少々話が逸れたりもしましたが、現時点で構造が単純なのは、必ずしも強みと言い切れる訳ではないということをお伝えできたかなと思います。
本シリーズの記念すべき第1回のお話は以上となります。また次回お会いしましょう。
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