製造業で進むCO2排出量算定の要請 脱炭素ルール化の潮流とその影響ソフトウェアのグリーン化が製造業に与える影響(1)

本連載ではソフトウェア開発/運用でのCO2排出量見える化と、製造業における取り組みのポイントや算定における留意点を3回にわたり解説する。第1回となる今回は、そもそも製造業がなぜCO2排出量算定へ取り組まなければならないのかを解説しよう。

» 2024年03月06日 10時00分 公開

 ここ10年、デジタルを活用したクライアント企業の変革に携わらせていただいているが、その一環で5年程前からデジタル技術を活用したサステナビリティ変革(いわゆるSX)やグリーン化(いわゆるGX)について模索しながらもお手伝いしてきた。GHG(温室効果ガス)削減や自然環境の保全、再生といった“グリーン化”については、ガイドライン整備や国際ルール調整などが進行中で、いまだ変化の只中にある。

 そうした基準作りが進む中で、今回の連載を通じて取り上げたいのがソフトウェアのグリーン化だ。現在、経済産業省が主導する形で製品別のCO2排出量の算定ガイドライン作りが進んでいる。その一領域として、筆者もソフトウェア開発分野のルール案検討に参画しているが、世界的にも未確立の領域におけるルール作りは大変意義深く感じる。近年、ソフトウェア関連事業やモノづくりにおけるソフトウェア開発の重要性が増す製造業においても無関係ではいられない。

 とはいえ現時点では、製品別のCO2算定において最もデファクトに近いといわれるガイドであっても、実行可能性が高くない内容が散見される状況だ。今後、さらに実現性を高めたものに仕上げていく必要がある。そうした流動的な状況の中で企業が何かしらの行動を起こしていくことは難しく感じるかもしれない。だが筆者が皆さんにお伝えしていきたいのは、“固まっていない状況”だからこそ率先して日本企業は積極参画すべきであるということだ。

 さて本連載では、ソフトウェア開発/運用でのCO2排出量見える化と、製造業における取り組みのポイントや算定における留意点について、3回にわたり解説する。第1回となる今回は、そもそも製造業がなぜCO2排出量算定へ取り組まなければならないのかを改めて確認したい。

脱炭素化に関わるルール化の世界潮流

 グリーンアカウンティング、炭素会計という言葉を目にする機会も増えてきた。財務中心であった会計規則の在り方が、世界規模、さらには産・官・学総がかりで大きく見直されるパラダイムの転換期にわれわれは直面している。

 こうした流れに筆者は既視感がある。今から20年程前の、グローバル化の加速と連結会計基準に必要なERPの導入急拡大がそれである。当時、会計の透明性確保とそのためのシステム刷新は企業の最大級の変革テーマの1つで、企業にとっては大きな投資が発生するだけでなく、既存プロセス刷新にも取り組まなければならない一大事業であった。この動きは現場社員にとっては簡単には受け入れがたいものであり、多大な時間を要したが、多くの企業が潮流に流されるように変化していった。

 この背景にはグローバル化が進む中、グルーバル企業を評価する財務会計の仕組みが不十分であると投資家や経済界、政府にも判断されたことがある。翻って、現在のグリーンアカウンティング/炭素会計のルール化においても同様な流れが生まれていると筆者は考えている。

強まる企業対応の重要性

 ここで地球環境問題、とりわけCO2排出量算定の基準化に至る背景を簡単に振り返りつつ、この潮流の必然性を確認したい。

 地球規模での異常気象の多発により、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」と2015年にパリ協定が採択された。これを受け、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が設置された。TCFDは気候変動に関する財務的影響について、企業に対し情報開示することを提言する民間主導のタスクフォースである。これは投資家の判断基準を支えるべく、G20が支援する形で設立されている。

 以降、世界の主要な機関投資家はあらゆる企業に脱炭素の要請を強めており、情報開示が不十分な場合、株主総会での反対票やダイベストメント(投資引き揚げ)の恐れさえ出ている。そのため、企業での対応は必須となってきており、日本でもその流れは加速している。また、2025年にEUで制定される予定の森林破壊防止等に関する法制においては、サプライチェーン全体で森林破壊等に関与していないことを証明することが必要となる。この証明ができなければEU域内だけでなく、世界規模での流通が難しくなるであろうといわれており、取引ルールの厳格化が進みつつある。

 これらの流れを受け、現在ではESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)という言葉が投資家だけでなく、一般にも知られるようになった。日本政府においても「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においてGX(グリーントランスフォーメーション)が重点投資分野に指定されており、今後10年間で150兆円以上の官民GX投資を目指して動き出している。こうした政府の動きは、いわゆる“ウォッシュ”への対策の具体化が弱いなどの指摘が世界からなされているものの、日本政府をはじめ経済界もこの流れを加速させようと取り組みを進めている。

求められているのは国際ルール作りにおける“現場人”の参画

 これらの社会的要請を受け、各企業はCO2排出量の算定や削減計画を進めているところと思うが、その取り組みに際し「歴史は繰り返す」という点を、メッセージを込めて伝えたい。

 日本ではバブル崩壊後の「失われた30年」といわれる期間にほとんど成長できていない点がしばしば問題となっている。この時期は「ITバブル〜会計のグローバル化〜デジタル革命の拡大」と重なり、世界規模で多くの変化が起こり、日本以外の先進諸外国は大きく成長した。

 失われた30年の要因については諸説あり、現在も要因究明に多くの議論がなされている中で筆者が深く論じる立場にはない。しかしあくまで筆者個人の所感、コンサルティングの現場の中でつぶさに感じてきたことを語らせてもらうならば、その要因の1つは、“日本が国際ルール作りをリードできる立場に立てなかった”ことにあるのではないかと見ている。インターネット経済圏の拡大やグローバル化の進展など、世界的な規模でのルール/基準作りにおいて受け手側に回ってしまったがために、その後発生していく局面変化に対して市場をリードできる立場から取り残されてしまったのではないかというのが筆者の考えである。

 過去の歴史からの教訓を生かすならば、現在世界規模で検討が進められているグリーンアカウンティングなどの標準化やルール作りに関して日本は受け手に徹してはならないと言いたい。むしろ積極的に関与していき、これから“起こしていく側”としてあらかじめ準備を整えるべきだ。

 現在、経済産業省主導で製品別のCO2排出量の算定ガイドライン作りが進められている。筆者もソフトウェア開発分野のルール案検討に参画しているが、世界的にも未確立の領域におけるルール作りは大変意義深い。繰り返しになるが、現時点では製品別CO2算定において最もデファクトに近いといわれるガイドであっても、実行可能性が高くない内容が散見される状況であり、実現性を高める必要がある。

 この辺りは日本のお家芸でもある“現場主導のプロセスづくりの強み”を生かし、製造業の皆さんが是非ルール検討や実地検証の一端を担っていただきたいと感じる。またそうする動きが広まることで“サステナブルな企業変革”が求められる時代において、日本が世界をリードできる立場に少しでも立っていけるのではないかと真剣に思っている。是非、自社のGHG排出量企業別算定にとどまらず、より俯瞰し取り組んでいただきたい。

 第2回では、ソフトウェア開発におけるCO2算定の重要性と製造業における取り組みのポイントについて、より具体的に述べる。

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執筆者プロフィール

小林 直幸(こばやし なおゆき)
株式会社クニエ イノベーションマネジメント担当 ディレクター

大手事業会社の事業企画部門において顧客企業向けの分析支援サービスを立上げ、外資系コンサルティングファームへの転身後はAIやブロックチェーンなどデジタルを活用した事業戦略チームで経験を積む。
クニエでは顧客データ分析/データ活用支援、ニューラルネットワークなどのAIを活用したナレッジマネジメントの変革支援や、システム開発へのGHG可視化/削減など、主にテクノロジーを活用した顧客企業変革をリードしている。


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