NTTとフランスのCEA Saclay、NIMS、KAISTは、グラフェンのp-n接合と、ローレンツ波形の電圧パルスによって生成される単一電子源のレビトンを用いることで、電子の飛行量子ビット動作を世界で初めて実証したと発表した。
日本電信電話(NTT)とフランスのCEA Saclay、NIMS(物質・材料研究機構)、KAIST(韓国科学技術院)は2024年1月16日、グラフェンのp-n接合と、ローレンツ波形の電圧パルスによって生成される単一電子源のレビトンを用いることで、電子の飛行量子ビット動作を世界で初めて実証したと発表した。空間的に配置された素子に量子を通過させることで演算が行われる飛行量子ビットは、光子を用いたものが知られているが、光子間の相互作用が小さいため、量子コンピュータの基本演算要素である2量子ビット演算を効率的に行えないことが課題になっている。相互作用が強い電子の飛行量子ビットを用いれば、光子より効率的な2量子ビット演算が行えるだけでなく、空間的に離れた量子もつれ対のオンデマンド生成が可能になるため、超伝導量子コンピュータの大規模化で制約となっている素子間をつなぐ配線に替わるインタフェースとしての利用も可能になるという。
2000年代から行われてきた電子の飛行量子ビットの研究では、光学実験で一般的に用いられている2つのビームスプリッタで構成されたマッハ・ツェンダー干渉計をGaAs(ガリウムヒ素)半導体に形成し、単一電子を入射することでGaAs半導体の軌道を量子的に操作することを目指してきた。この系の構成要素であるマッハ・ツェンダー干渉計を形成するための電子のビームスプリッタと散逸の少ない1次元伝導チャンネル、単一電子源は個別に技術が確立されているものの、これらの要素技術を組み合わせることによる電子の飛行量子ビット動作は実現できていなかった。
これは、GaAs半導体を用いたマッハ・ツェンダー干渉計の量子干渉性が数十mKの温度と数十μVの電圧で失われるため、単一電子を入射した際の電圧パルスによって発生する熱と電圧に耐えられないことに加え、単一電子源の入射エネルギーにもバラつきがありそれによって干渉結果が変わってしまうことが原因になっていた。
今回の研究成果では、電子のマッハ・ツェンダー干渉計としてグラフェンp-n接合を、単一電子源にレビトンを用いることで課題を解決した。2次元材料の導体であるグラフェンと絶縁体の六方晶窒化ホウ素、金属電極を積層し、微細加工することで作製したグラフェンp-n接合は、一般的な半導体のp-n接合と異なりバンドギャップがないため、p領域とn領域が空間的に接した特殊なp-n接合が形成される。このグラフェンp-n接合を用いれば、GaAs半導体と比べて構造がシンプルかつ安定な電子のマッハ・ツェンダー干渉計となる。量子干渉性が失われる温度は500mK、電圧は500μVとなり、GaAs半導体の数十mKと数十μVと比べて一桁向上している。
単一電子源として用いたレビトンは、バンド理論におけるエネルギー順位に電子が満たされた海水面として見立てられるフェルミ海(Fermi Sea)に、ローレンツ波で励起した波束であり、余分な電子−正孔励起を伴うことなく単一電子だけを生成できることを特徴とする。実際に、グラフェンp-n接合につながる電極に、ローレンツ波形の電圧パルスを印加することでレビトンを生成できることを確認している。
グラフェンp-n接合とレビトンを用いた電子の飛行量子ビット動作の実証は、レビトンを干渉計に入射し、グラフェンp-n接合のn領域を伝播する状態(|0>)とp領域を伝播する状態(|1>)の量子的重ね合わせを制御することで得られた。レビトンを入射する入り口側のビームスプリッタの透過率を変化させることで|0>、|1>の存在確率を、干渉計を貫く磁束量子の本数を変化させることで|0>、|1>の位相差を制御することで、任意の量子重ね合わせ状態が実現可能になる。なお、量子ビットの状態を表すブロッホ球では、|0>、|1>の存在確率がθ、|0>、|1>の位相差がφに対応している。
今回の成果は固体素子中における電子の飛行量子ビット動作を世界で初めて実証したものとなる。今後は、5年後をめどに、複数のグラフェンp-n接合を作り込んだ素子構造で理論的に想定されている2量子ビット操作による量子もつれ対のオンデマンド生成の実現を目指す。将来的には多量子ビット化も進めて、電子の飛行量子ビットを用いた量子コンピュータの開発にもつなげたい考えだ。
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