先ほど、ガートナーによる生成AIの業界別ユースケースについて触れましたが、部品の設計ではなく、それよりもクリエイティブな領域であり、より新しい発想や斬新なアイデアが求められるコンセプトデザインの検討において、生成AIが活用されるケースが出始めています。
完全自動運転の電気自動車(EV)の開発を目指す日本のハードウェアスタートアップのTuring(チューリング)は、カーデザイン分野で豊富な知見と実績を持つ日南と共同で、画像生成AI「Stable Diffusion」を活用し、完全自動運転EVのコンセプトカーのデザインを作り上げました(2023年3月発表)。
ニュースリリースによると、Turingと日南の両社でデザインの方向性を協議した上で複数のキーワードを抽出し、プロンプト(AIに指示するためのテキスト)を作成して、Stable Diffusionで大量の画像を生成したそうです。さらに、生成された画像を分類し、プロンプトの調整などを行いながら画像生成の工程を数回繰り返して2Dのデザインイメージを確定。その後、手作業で微調整を行い、デジタルモデリング、CGレンダリングといったプロセスを経て、3Dデザインデータの完成に至ったといいます。完成までに要した期間は実質1カ月半ほどで、「カーデザインの静的なイメージだけでなく、デジタルモデリング、CGレンダリング、フルカラー3Dプリントによるスケールモデルや走行アニメーション、AR(拡張現実)データの作成と、全体にわたってStable Diffusionを活用した事例は『世界で初めて』だ」(Turing)といいます。
開発期間や予算の制約などもあり、人間が行うデザインの案出しには質的にも量的にも限界があります。また、人間が新たなデザイン案を検討しようとすると、どうしても既存の製品や過去の経験などに引っ張られてしまい、斬新さに欠けてしまうこともあり得るでしょう。そうした制約やバイアスを取り払い、限られた期間と予算の中で、可能な限りのデザイン案を出し尽くすという点で、生成AIは大きな助けになると考えられます。
もちろん、見た目さえ斬新であればいいというわけではありません。コンセプトといえどもクルマとして成立させるには、さまざまなエンジニアリング要件、安全性に関わる制約などもデザインに落とし込まれている必要があります。そこでのギャップが大きいと、当初のコンセプトから懸け離れたデザインになったり、デザイナーと設計者との間で何度も手戻りが発生したりするなど、悪循環をもたらすことになります。
そうした課題を踏まえ、さらに踏み込んだ生成AIの活用に向けてチャレンジしているのが、トヨタ自動車が米国に設立したAI技術の研究開発機関であるToyota Research Institute(以下、TRI)です。TRIは2023年6月に、車両設計者の能力を高める生成AI技術について発表しています(ニュースリリース)。
TRIが開発した技術は、画像生成AIに数理最適化の原理を取り入れ、燃費効率に影響する空力特性、ハンドリングや安全性に影響する車高やキャビン寸法などのエンジニアリング要件を暗黙的に加味した最適化されたデザイン案を提示するものです。例えば、空力特性に焦点を当てた最適なデザインを検討する場合、ベースとなるデザイン案に対して、デザイナーが「洗練された」「SUVのような」「モダンな」といったプロンプトを入力すると、その要求に応えるスタイリングで、かつエンジニアリング要件を満たすデザイン案を提示してくれます。
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