大企業のソフトウェア人材育成と中小企業のDXが同時に進む方法製造IT導入事例(1/2 ページ)

中小企業で、副業や業務委託ではない「プロボノ」の活用が広がろうとしている。これが中小企業のDX推進だけでなく、大企業のリスキリングにもつながる可能性を秘めている。

» 2023年09月05日 06時00分 公開
[齊藤由希MONOist]

 中小企業で、副業や業務委託ではない「プロボノ」の活用が広がろうとしている。

 プロボノとは米国の弁護士や医師が無料または低額で行う奉仕活動が本来の意味だが、内閣府のプロフェッショナル人材事業では「自分の専門知識や経験を生かした社会貢献活動」と定義。大企業や都市部にいる専門知識や経験を持つ“プロ人材”と、課題を抱える中小企業をマッチングさせる取り組みが活発化している。

 2015年10月から2023年7月末まで、東京都を除く全国46カ所にあるプロ人材戦略拠点での相談件数は累計9万2000件を超えており、成約件数は2万2000件以上だという。プロ人材戦略拠点の仲介を受けて、大企業や都市部の企業はプロボノの他、在籍型の出向、副業や兼業などさまざまな形でプロ人材を送り出す。プロボノでの協力が向いているのは、専門知識や幅広い視野が求められるが、解決までの期限が特に決まっていない領域だという。

プロ人材の行き来[クリックで拡大] 出所:愛知県プロフェッショナル人材戦略拠点

 プロ人材を受け入れる中小企業としては、無償でリスクや負担を抑えながら、社外からノウハウや知見を獲得して課題解決につなげたり、社内の活性化を図ったりすることができるのがメリットだ。プロ人材当人や所属先の大企業や都市部の企業としては、社会や地域の課題に接触し解決する機会を持てること、リスキリングやキャリア開発支援の場として社外の組織を生かせることなどが利点だ。

 愛知県では県のプロ人材戦略拠点を通じて、デンソーとパワートレイン向けプレス部品のタケダがつながった。タケダは愛知県刈谷市や安城市に工場を持つ自動車部品メーカーだ。タケダでは1日の作業記録をまとめる日報が紙ベースだったため、日報作成に時間がかかることや、進捗がリアルタイムに把握できないことが課題となっていた。基幹システムがバラバラなため、紙ベースや口頭ベースでのやりとりも多かった。

 「DX(デジタルトランスフォーメーション)とはなんぞや、というところからのスタートだった」(タケダ 取締役社長の藤川幸樹氏)。これに対応したソフトウェアの導入を進めたものの、現場での活用がうまくいかなかった。これをデンソーからのプロボノで解決した。

紙ベースの日報のフォーマット[クリックで拡大] 出所:デンソー

デンソーはなぜプロボノ人材を提供できたのか

 デンソーでは、2025年に向けて成熟領域から成長領域に2000人、ハードウェアからソフトウェアに1000人のシフトを目指す。これに向けてソフトウェアやIT、クラウドに対応できる人材の育成を強化しており、ソフトウェア開発の経験の有無に合わせたリスキリングのカリキュラム「DENSO cloud & agile dojo」を用意している。

 このうち、ソフトウェア開発未経験者向けに提供されているのが、2カ月間の業務時間をフルに使って集中的にクラウドサービス開発の基礎的な知識や技術を学ぶ「ブートキャンプコース」だ。社内やグループ会社のさまざまな部署からの応募者でチームを結成し、座学や実際のサービス企画や開発を経て、所属元に戻る。

 ブートキャンプコースでは、アジャイル開発の実践を重視している。そのため、一からサービスを生み出すためのデザイン思考やサービスデザイン、早く安く作るためのオープンソースソフトウェアやクラウドの活用、顧客とともに作りながら考えるためのアジャイル開発に加えて、アジャイル開発でチームが生む効果を最大化するための原則「HRT(Humanity=謙虚、Respect=尊敬、Trust=信頼)」についても身に付ける。

ブートキャンプコースで体験するアジャイル開発[クリックで拡大] 出所:デンソー

 これにより、所属先のソースコードや現在のクラウドアーキテクチャを自分で調べながら独力で理解すること、アジャイル開発が向いているプロジェクトかどうかを判断すること、プロダクトの価値や効果に着目した言動をとること、チーム開発に必要な透明性やオープンマインドを理解して行動することなどを実践できるようになるのが目標だ。今回、タケダのプロボノに参加したのがブートキャンプコースの5期生5人で、これまでに合計37人が受講した。

 ブートキャンプコースの最終ステップではサンプルとなるプロジェクトでアジャイル開発を実践している。アジャイル開発を正しく実践するにはユーザーの困りごとを解決できるかどうかを検証することが求められる。実際にユーザーからフィードバックをもらい、問題や課題の本質を探りながら開発していくことが重要だが、コロナ禍ではリアルなユーザーが困っていることではなく、“想定課題”の解決をテーマとしていた。

 そこで、作業記録をまとめる日報を改良したいタケダと、ブートキャンプコースの期間で解決できそうなテーマと実際のユーザーを求めていたデンソーの利害が一致。ブートキャンプコースのアジャイル開発のターゲットユーザーとしてタケダは参加を決めた。

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