中外製薬と日本IBMは、中外製薬が取り組んでいる生産機能の「人に着目したDX」について説明。浮間工場で生産計画の立案自動化と可視化に加えて、多能工化によるフレキシブルな人員配置、スマートフォンを使ったリモート支援などにも取り組んでいる。
中外製薬と日本IBMは2023年3月6日、東京都内で会見を開き、中外製薬が取り組んでいる生産機能の「人に着目したDX」について説明した。同社グループでバイオ原薬や治験薬を生産している浮間工場(東京都北区)において、生産計画の立案自動化と可視化を可能にするシステムを導入するとともに、医薬品生産では難しかった多能工化とフレキシブルな人員配置を実現し、24時間稼働が基本のバイオ原薬生産へのリモート支援にも取り組んでいる。日本IBMが構築したシステムは2022年10月に稼働を開始し、2023年1月から本格利用が始まっており、2023年内に宇都宮工場(栃木県宇都宮市)、2024年内に藤枝工場(静岡県藤枝市)に展開を広げたい考えだ。
2021年2月に発表したTOP I 2030では、全てのバリューチェーンを効率化するという枠組みの中で、生産体制の効率化に向けたデジタル活用の推進を打ち出している。中外製薬グループ傘下で医薬品製造を担う中外製薬工業で生産技術研究部長を務める上野誠二氏は「デジタル技術を活用するデジタルプラントでは、バリューチェーン効率化に当たる生産性向上だけでなく、医薬品の安心安全を担うGMP(Good Manufacturing Practice)への準拠を担保するコンプライアンス対応、日々増加する業務に対してコンプライアンスを維持できるような働き方改革が必要だと考えている。そこで、まず取り組んだのが人に着目したDX(デジタルトランスフォーメーション)だ」と語る。
人に着目したDXは、現場の作業者やマネジメント層などの人とオペレーションの可視化や最適化が目的となっており、大まかに計画立案と自動化、資格管理、ビジュアル教育、マルチ要員活用、リモート支援などに分けられる。
計画立案と自動化では、これまで熟練者が生産ラインごとに作成していた作業計画やそれに基づく業務アサインについて、システムを使って工場全体の作業計画を3カ月分自動立案し、業務アサインも自動で行う。計画や進捗が一元管理されるので、現場作業者も含めて全ての関係者が現在の状況を把握できるようになる。また、これまで作業計画と業務アサインを行っていた熟練者は、その高いスキルを生かして他の業務にリソースを割り当てられるようになる。
資格管理とマルチ要員活用は、計画立案と自動化を行うシステムと対になる要素だ。従来の医薬品生産では、GMPに準拠するために1つの生産ラインの中に限定して要員運用を行っていた。組み立て製造業では、さまざまな業務を担えるような多能工化に向けた教育を行い、1つの生産ラインが休止しても他の生産ラインで他の業務に従事できるようにしているが、医薬品生産ではGMPに準拠するという厳格な管理を優先して多能工化を行わないのが一般的だった。
今回の人に着目したDXでは、工場全体で生産に従事する作業者のGMPに関わる資格や有効期間の情報を統合/見える化した。これにより、資格に応じて業務アサインを無駄なく行えるようになった。また、現在有している資格の情報を基に教育指示を行うことも可能になる。
ビジュアル教育とリモート支援は、スマートフォンを用いたリモート支援と改ざんのできない画像記録ツールによって実現した。これまで、生産現場において熟練者やマネジメント層などに求められる重要工程の確認やトラブル対応は、現場に行かなければ状況を把握できず、的確な指示ができないのが一般的だった。「24時間体制のバイオ原薬の生産ラインなどでは、夜間に問い合わせが来ることもあるが、そのような状況は対応が難しいのが実情だった」(上野氏)。今回導入したスマートフォンを使ったリモート支援により、遠隔からでも的確な対応が可能になった。医薬品生産で求められる記録についても、保存した画像データをシステム上で改ざん不能にして、何らかの問題が起きたときのエビデンスとして利用できるようになった。
上野氏は「目指したのは、単なるシステム化ではなく業務変革だ。2020年の構想段階から、理想像からバックキャスティングして描いた新しい姿を目指して、現場と工場長をはじめとするマネジメントが一体となって達成できた。本格稼働からまだ約2カ月で幾つか課題も出てきているが、後戻りすることなく定着させていきたい」と意気込む。
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