最近では、企業規模にかかわらず解析専任者を置くことが普通になっています。また、設計者と実験担当者も異なる人が担当するケースもあります。単細胞生物が体液を循環させるためにある部分をピクピクっと動かしたことが心臓の始まりだと聞いたことがあります。その後、さまざまな役割を持つ臓器で構成される生物へと進化していきました。“役割の細分化”は、専門性と効率の向上に必須といえるでしょう。特に、同じカテゴリーの製品を改良/進化させて作り続けるメーカーにとっては常とう手段といえます。
この点を話しておいて、これを否定するような事例を紹介します。シミュレーションには、(1)真値を求めるためのものと、(2)設計のためのものがあります。設計のためのシミュレーションは、不確定な部分がないものとして、つまり、装置の性能に不利になるような条件として解析します。そして、不利な条件でも仕様を満足する予測結果が得られれば設計が成立します。
筆者が米国で、あるコイルの冷却系を設計したとき、水冷の機器で自然対流による空冷効果もあったのですが、空冷効果はないものとして設計し、温度分布を予測したことがあります。日本に持ち帰って実験するときは、空冷効果がある部分に断熱材を巻いて測定しました。米国で筆者を指導していた方に、この結果を報告すると「こんなに合うとは思わなかった」と言っていました。設計、実験、解析の作業が細分化された組織では、彼らはルーティン化された作業を毎日こなすことになり忙しいため、断熱材を巻くような余計な作業はしないのでしょう。また、一般的に、解析専任者に対して注文を出すことはあっても、解析専任者から「ここの境界条件は断熱としたので、断熱材を巻いてください」といった注文はまず来ないため、彼らが管理職になったり、定年退職したりするまで、実験値と解析値が一致しない状態が続きます。
米国のある事務機器メーカーの研究によると、30%がコミュニケーションコストだそうです。つまり、1人でやるのが最も効率的です。一方、「早く行きたければ1人で行け、遠くへ行きたければ皆で行け」ともいわれています。1人で全ての作業を抱え込むことは不可能ですが、筆者は設計者が積極的に解析や実験に取り組むことをオススメしたいと考えています。よって、本連載の対象者は“設計者の皆さん”となります。別に解析専任者を嫌っているわけではなく、解析専任者の方々もぜひ実験現場に立ち会ってみるとよいと思います。
本連載では、機械の振動対策と騒音対策の考え方や、その手順について解説していきます。CAE(シミュレーション)に興味が集まりそうですが、振動と騒音の対策に取り組むには、それらを測定するための技術について知っておく必要があります。そのため、配分としてはCAEが3分の1、測定技術が3分の1、低減策立案の考え方が3分の1になると思います。
測定技術とそれに対応するシミュレーションを表2に示します。以降の連載で、これらについて1つずつ述べていきたいと思います。少々長い連載になると思いますが、どうぞお付き合いください。
測定 | シミュレーション | |
---|---|---|
振動測定 | 時刻歴応答解析 | |
振動の周波数分析 | モーダル解析 | |
実験モーダル解析 | モーダル解析 | |
伝達関数測定 | 周波数応答解析 | |
騒音測定 | 音響シミュレーション | |
騒音の周波数分析 | 音響周波数応答解析 | |
実験音響モーダル解析 | 音響モーダル解析 | |
表2 測定技術とそれに対応するシミュレーション |
次回は、音と振動に関する基礎量を説明します。また、時折出てくる筆者の毒舌コメントについても、職場のあるある事例として楽しんでいただければ幸いです。 (次回へ続く)
高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表
1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。
構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ
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