連載「CAEと計測技術を使った振動・騒音対策」では、“解析専任者に連絡する前に、設計者がやるべきこと”を主眼に、CAEと計測技術を用いた機械の振動対策と騒音対策の考え方や、その手順について詳しく解説する。連載第1回では、本連載の趣旨、振動対策や騒音対策が必要となる場面などについて取り上げる。
今は電話ではなくメールでしょうか。3D CADが普及し、それに付随するCAEソフトウェアが簡単に使えるようになりました。筆者がサラリーマンだったころ、「〇△※□を解析してほしい」という相談をよく受けました。相談に来られた方の事情を聞いてみると、妥当な解決策が解析、つまりシミュレーションではないことがよくありました。
「機械の振動・騒音が大きい」「性能が出ない」「強度担保が不明」といった問題があるときは、まず原因を究明し、対策を立案し、対策効果を予測します。対策案が複数ある場合は、効果の大きさとコストなどから対策案を取捨選択します。図1に問題対策アプローチの一例を示します。
例えば、問題とする物理量を測定して原因を究明し、機械の条件を変えて解決したときは、(1)と(C)の組み合わせとなります。組み合わせは全部で9通りあります。ではなぜ「〇△※□を解析してほしい」という相談、つまり(2)と(B)の組み合わせが多いのでしょうか。その理由の多くが以下のようなロジックから来るものだと筆者は考えます。
機械の条件をいろいろ変えてやった[図1の(3)]が万策尽きる……
↓
そうだ!! 解析は解析専任者がやるものだ
↓
おお、人に頼むだけで済む!
筆者もシミュレーションだけで問題が解決すれば一番安上がりだと思うのですが、シミュレーションモデルは理想化や簡素化がなされており、現場の状況が正確に再現されていないため、解決できないことが多々あります。そのため、筆者の場合は、事情を(根掘り葉掘り)しっかりと聞いて判断し、安易に解析しないようにしてきました。そこで、本連載では“解析専任者に連絡する前に、設計者がやるべきこと”について述べていきたいと思います。
近年、機械振動を解析できるCAEソフトウェアが普及し、デスクトップPCでも結果が得られるようになりました。また、騒音を解析するソフトウェアも出回っており、簡単な問題であれば騒音レベルを予測することが可能です。しかし、振動と騒音を小さくするための解決策をシミュレーションだけに頼ることは難しいと考えます。現在発生している振動と騒音をしっかりと計測し、振動源と音源を特定することが、対策アプローチの“正攻法”といえます。計測と解析(手計算やシミュレーション)はクルマの両輪のようなものであり、対策を行う上で両者は必要不可欠です。
当初、MONOist編集部から「振動・騒音」をテーマにしたCAEの活用についての原稿執筆のお誘いを受けたのですが、“計測は外せない”と考え、「CAEと計測技術を使った振動・騒音対策」というテーマで執筆することとしました。振動・騒音対策のちょっとした入門記事になれば幸いです。
筆者は定年退職するまで職場の「計測器管理委員」でした。計測器管理委員をやるような立場ではなくなっていたのですが、他の若い人に委員を任せていても、結局「高橋さん、〇◆☆▽を測りたいのですが……」という相談が筆者の下に来るため、計測器管理委員を続けていたのでした。
騒音対策が必要となる場面は分かりやすいですよね。例えば、職場環境における騒音(うるさい職場環境)が挙げられます。多くの装置が稼働する工場内や、屋外の土木/建築現場などをイメージするとよいかと思います。
大きい音にさらされ続けると、難聴などになり耳の機能が低下する恐れがあります。厚生労働省、都道府県労働局、労働基準監督署は、職場環境における騒音から働く人たちを守るために「騒音障害防止のためのガイドライン」(参考文献[1])を設けています。表1は、屋内作業場における作業環境測定を行った際の評価に用いる表です。
B測定 | ||||
---|---|---|---|---|
85dB(A)未満 | 85dB(A)以上 90dB(A)未満 |
90dB(A)以上 | ||
A測定 平均値 |
85dB(A)未満 | 第I管理区分 | 第II管理区分 | 第III管理区分 |
85dB(A)以上 90dB(A)未満 |
第II管理区分 | 第II管理区分 | 第III管理区分 | |
90dB(A)以上 | 第III管理区分 | 第III管理区分 | 第III管理区分 | |
表1 「騒音障害防止のためのガイドライン」より |
「第II管理区分」に区分された職場の事業者は、作業者に防音保護具(例:耳栓)を付けてもらう必要があるとともに、「第I管理区分」になるような騒音対策を実施する努力義務が課せられます。この努力義務は多くの場面でスルーされがちですので、作業者は耳栓を付け続けることになります。「第III管理区分」も似たようなものです。この耳栓、他の人と話をするときに大声を出さなくてはならないので案外疲れるのです。
表1の「A測定」はいろいろな位置の騒音を測定した平均値、「B測定」は発生源近傍の音です。85dB(A)という表記の意味や、大きさが変動する騒音の評価方法については、今後の連載の中で説明することにします。
音が必要悪になっている例もあります。病院にある磁気共鳴診断装置(MRI:Magnetic Resonance Imaging)は、「ウッドペッカーノイズ」といって「カカカカ、カーン」という大きな音がします。MRI関係者はこの音を聞いて「ぼちぼち撮影が終わるかな」などと思うわけですが、ISO規格で騒音値の上限が決められているほどの大きな音です。
MRIは装置の中に「傾斜磁場コイル」というものがあって、ここに電流を流すことによってコイルが振動し、音が発生します。傾斜磁場コイルに流す電流が大きいほど、あるいは電流の時間軸に対する変化量が大きいほど、音も大きくなるのですが、撮影画像を鮮明にしたり、血管だけを詳しく撮影したりなど、より正確な診断を行うための代償だと考えれば、大きな音もある程度は許容できるのではないでしょうか。
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