M&A予定のスタートアップにおける知的財産権の侵害リスク、どう評価すべきかスタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(15)(1/4 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第15回も前回に引き続き、知財デューデリジェンス(DD)における留意点の解説を行う。

» 2022年10月12日 08時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

はじめに

 前回は、スタートアップに対するM&Aを行う際の留意点、特に知財デューデリジェンス(DD)における留意点をご紹介しました。連載第15回の今回も、その続きをご紹介します。

※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。

第三者の知的財産権の侵害等のリスクをヘッジできる体制となっているか

 自社の製品やサービスの製造販売などが、第三者の知的財産権を侵害する場合、当該第三者から損害賠償請求に加えて、当該製品やサービスの製造販売などの差止請求をされるリスクがあります。言うまでもなく、事業に与える影響は極めて大きいものとなり得ます。そのため、第三者の知的財産権を侵害するリスクがヘッジできる体制になっているかを確認すべきです。

 以下、主に問題となるポイントについて、リスクヘッジのためにいかなる対策が取れるかを簡潔に列挙します。知財DDにおいて、これらの対策が取られているかを検討することも有益かもしれません。

(1)特許権

 大企業であれば通常、製品、サービスの開発段階や遅くともローンチ前の段階で、第三者の特許権を侵害しているか否かのFTO(Freedom to Operate)調査※1を行います。しかし、スタートアップは製品やサービスに最低限の機能などを備えた時点でローンチし、ユーザーのフィードバックを受けて商品、サービスを改良していく、いわゆるリーンスタートアップの方式を取る企業も少なくありません。ローンチ前にFTO調査を行っても、ローンチ前の商品、サービスの構成は、改良後のそれと大きく異なっている可能性もあります。これではFTO調査を行っても無駄になりかねません。

※1:FTO調査を含めた各種特許調査の具体的な進め方については、野崎篤志『特許情報調査と検索テクニック入門(改訂版)』(発明推進協会、2019年)などが参考になる。

 そのため、製品やサービスのローンチ前にFTO調査を行っていないことを直ちに問題視すべきではないでしょう。もっとも、ローンチ前に自社の製品やサービスについて特許出願を行う場合には、出願前の先行技術調査※2も兼ねたFTO調査を、予算を定めて行うことも一案です※3

※2:自社の発明について特許化できる可能性があるか否かを判断するための調査。自社発明について、新規性・進歩性が認められるかを確認するため、調査時点において、公知となっている文献を調査することとなる。

※3:ただし、ある発明について特許がとれることと、当該発明を実施できることはイコールではないことに留意されたい。発明を実施すると、第三者の特許発明を実施することを伴う場合(利用発明)、利用発明の実施は当該第三者の発明にかかる特許権を侵害するものと解されている(特許法72条、大阪地判昭和63年3月17日判例時報1300号114頁【芯地事件】)。そのため、仮に特許取得可能性を検討するための先行技術調査が十分にできたとしても、FTO調査としては不十分ということはあり得る。このことは、特許庁の審査請求後の審査結果も同様である。

 また、第三者の特許権を侵害している場合に当該第三者から差止請求を受けるリスクを負い続けることは、たとえスタートアップといえどもリスクが大きすぎます。少なくとも製品・サービスの主要部分が固まった段階ではFTO調査を実行することが望ましいと思われます※4

※4:仮にFTO調査の結果、障害となる特許権が発見された場合は、(1)当該特許の無効資料調査、または(必要に応じて)無効化のための各種措置(未登録の場合は情報提供、登録後の場合は無効審判(特許法123条)や付与後異議申立て(特許法113条)など)を実行する。または、(2)自社製品・サービスが当該特許の権利範囲に含まれないように自社製品・サービスの設計変更を検討する、(3)当該特許の権利者とライセンス交渉をする、といった選択肢が考えられる。特に(1)の場合は紛争が顕在化するまでに有効な無効資料を見つけ出したいが、無効資料調査には相当程度の時間を要する上、事業が進めば進むほど、ビジネスに与える影響を鑑みると商品、サービスの設計変更は難しくなってくる。このため、FTO調査はスタートアップといえども、可能な限り早期に実行することが望ましい。

(2)商標権

 次に、商品やサービス名、会社名に関連する商標権を取り上げます。特許の場合のFTO調査とは異なり、商標の侵害調査は費用が相対的に安価になる場合が多く、リーンスタートアップなどの手法によるとしても、商品名やサービス名、会社名はさほど変更されないものと考えられます。そのため、スタートアップといえども、商品、サービス名及び会社名は、公表前に商標取得の可能性を調査し※5、商標出願を済ませておくことが望ましいでしょう。

※5:特許の場合の利用発明とは異なり、商標権を取得できれば、当該登録した商標を、出願時に指定した商品・役務について使用する権利を独占することができる(商標法25条、専用権)ことに留意されたい。

 なお、商標調査に際しては、第三者の商標権侵害のリスクのみを調査するのではなく、不正競争防止法上の周知表示(不正競争防止法2条1項1号)や著名表示(不正競争防止法2条1項2号)に関する不正競争行為に該当するリスクに留意しているか確認してみることも有益です。

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