M&A予定のスタートアップにおける知的財産権の侵害リスク、どう評価すべきかスタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(15)(3/4 ページ)

» 2022年10月12日 08時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

(4)商品のデザインに関する諸権利など

 主に商品のデザインと関連して、意匠権侵害の有無や、不正競争防止法に定められている不正競争行為該当性、立体商標にかかる商標権侵害の有無、著作権侵害の有無なども問題となります。

 意匠権も特許権や商標権のように権利が公示されるため、J-Platpatなどのデータベースを用いて、先行して登録されている意匠権を調査できます※12。しかし、これだけでは不十分なことが多いです。意匠権侵害は、物品が同一、類似で、かつ、意匠が同一、類似の場合に成立します(意匠法23条)。訴訟の場では意匠の類否が中心的な争点になる場合が多いですが、意匠の類否は公知意匠全体との関係で判断されるので、1個の先登録意匠との比較だけでは意匠権侵害の有無を判断することはできません。カタログなどの非公報資料を相当数調査しなければいけないからです。

※12:東海林保「36 引用の抗弁」『最新裁判実務大系11 知的財産権訴訟』(青林書院、2018年)より。

 そのため、リソースが不足しがちなスタートアップが、侵害予防のための調査を十分に行うことは困難なことが少なくありません。現実的な対応策としては、後に変更することが難しいデザインや、ブランド戦略などの観点から重要なデザインについては速やかに意匠出願をしてしまい、審査過程において審査官が引用する先行意匠を参考にしつつ、侵害予防調査をしてしまうといった手段もあり得ます。

 不正競争防止法については、商品のデザインとの関係では、不正競争防止法2条1項1号・同項2号・同項3号が問題となります。まず、3号の形態模倣については、対象製品が「日本国内において最初に販売した日から起算して3年を経過した商品」に当たる場合には、基本的には、同号の該当性を問題とする必要はありません(不正競争防止法19条1項5号)。

 そのため、商品デザインが似ている先行する商品を発見した場合には、当該商品の販売開始時期を調査することが重要です。もっとも対象商品が、3年以内に商品の形態をマイナーチェンジして新たに販売していた場合には、「最初に販売された日」がマイナーチェンジした商品の販売開始日と解される場合があります。不正競争防止法2条1項3号該当性が問題となりかねないことには留意すべきです。

 この問題について、もう少し詳しく説明します。モデルチェンジ前の旧商品の形態が保護期間を経過している事案では、旧商品と現行商品のいずれの販売開始日を「最初に販売された日」とすべきかを認定すべく、両商品の形態の相違点の検討をまず行い、新商品の販売開始日から保護される部分は、実質的変更部分に基礎を置く部分だとする裁判例が見られます((1)東京地判平成30年3月19日(平成29年(ワ)21107号)、(2)大阪地判平成23年7月14日判時2148号124頁、(3)東京高判平成12年2月17日判時1718号120頁など)。

 これに対して(1)の控訴審判決(知財高判平成31年 1月24日判時2425号88頁)は、以下の通り判示しています。

原判決は、(1)原告商品は、旧原告商品からモデルチェンジされた商品であり、V型プレート、革パッド及びブレード(紐)が旧原告商品からの変更部分である、(2)原告商品の形態が、旧原告商品の形態の保護期間(不競法19条1項5号イ)が経過した後であっても、同法2条1項3号の保護を受け得るのは、そのV型プレートの変更部分が商品の形態において実質的に変更されたものであり、その特有の形状が美観の点において保護されるべき形態であると認められることによるものであるから、同号による保護を求め得るのは、この変更部分に基礎を置く部分に限られる旨判断したが、(中略)同号の趣旨に照らすと、同号によって保護される『商品の形態』とは、商品全体の形態をいうものであり、また、上記の通り、原告商品の形態と旧原告商品の形態は、実質的に同一の形態とは認められないから、原判決の上記(2)の判断は妥当ではない。

(※編集注:掲載に当たり表記を一部変更)

 そのため、仮に対象商品がマイナーチェンジを行った商品の販売開始日3年以内といえる場合には、マイナーチェンジ後の対象商品の形態と自社商品の形態が比較されて、「実質的に同一の形態」(不正競争防止法2条1項3号、同条5項)と評価される可能性があります。このため、自社商品の販売などが不正競争防止法2条1項3号に定める不正競争行為にあたるとの判断が下されるリスクも存在します。

 不正競争防止法2条1項1号・2項について、商品形態の保護は、不正競争防止法2条1項3号が設けられているため、同条1項1号と2号は本来的には商品形態を保護するためのものではありません。そのため、商品形態が「商品など表示」に当たると言うには、特別顕著性(自他商品識別機能)があることが必要となります。なお、商品の形状が「商品等表示」として認められる場合には、対象商品と自社商品とは「類似」するといえるか※13、誤認混同のおそれがあるか否か(1号の場合)※14も問題となります。

 また、同条1項1号又は2号の保護を受けるためには、周知性(1号)、または著名性(2号)を備えていることが必要となります)※15。そのため、商品デザインが似ている先行する商品を発見した場合には、当該商品の売上や知名度等も調査することが重要となります。

※13:不正競争防止法2条1項1号又は2号における「類似」とは、取引の実情の下において、取引者または需要者が両表示の概観、称呼または観念に基づく印象、記憶、連想などから両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるかを基準として判断するものとされている(例えば、最判昭和59年5月29日民集38巻7号920頁【フットボールチーム・マーク事件】など)。

※14:不正競争防止法2条1項1号における「混同」には、商品または役務の出所を混同する場合(いわゆる狭義の混同)のみならず、同一の系列会社関係、資本関係ないしグループ関係にあるかのような混同(いわゆる広義の混同)が生じる場合も含むものと解されている(例えば、最判平成10年9月10日判時1655号160頁【スナックシャネル事件】など)。

※15:対象商品の商品形態が「商品等表示」として「周知」または「著名」であるか否かの判断は困難であるが、対象商品の製造・販売会社が対象商品の形状を立体商標として商標出願をしているか否か、していた場合のその結論や判断の理由が参考になる。すなわち、立体商標の商標登録出願に対して拒絶査定を受けている場合や、その後の不服審判請求にかかる審決が存在する場合には、同認定を参考にすべきといえよう。

 立体商標については、J-Platpatなどを用いて先行する商標権を調査することになりますが、商標登録を受けることは容易ではありません。商品形態やその包装の形状は、多くの場合、期待される機能をより効果的に発揮させた、美感をより優れたものとするといった目的で選択されるものであって、商品の出所を表示し、自他商品、役務を識別する標識として用いられるものは多くないのです。このため指定商品、あるいはその包装の形状を普通に用いられる方法で表示する標章は、商標登録を受けられない意図で規定されています(商標法3条1項3号)※16

※16:この点について、東京地判平成30年12月26日(平成30年(ワ)13381号/携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器)は、原告商品や被告商品の形態の類似性を考慮しつつも、(大規模な)医療機関において一般的な医療機器の取引に関する厳格なプロセス、ルール、需要者である医療従事者が専門家であるととともに、原告・被告間の競合関係を認識していることなどを重視して、狭義かつ広義での混同のおそれをも否定している。

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