デュー・デリジェンス(以下、「DD」といいます)とは、M&Aにおいて、主にバイサイドが買収に関する最終判断を行うために、対象会社の協力を得て、対象会社に関する情報の収集や問題点を発見するための調査のことをいいます※9。DDは、その調査の領域によって、ビジネスDD、財務DD、税務DD、法務DD、知財DDなどといった形で行われることとなります。スタートアップを買収する場合、ビジネスDDにおいて、例えば以下に挙げる点がチェックされます※10※11※12。
※9:DDは、交渉に入る前に対象会社の実態や問題点を見直すためにセルサイドが自ら行うこともある(いわゆるセルサイドDD)。
※10:スタートアップに対する知財DDについてさらなる調査検討が必要な場合は、崎地康文『M&A、ベンチャー投資における知的財産デュー・デリジェンス』(商事法務、2019年)や、特許庁「知的財産デュー・デリジェンス標準手順書及び解説」などが参考になる。ただし、「知的財産デュー・デリジェンス標準手順書及び解説」については、請求資料が詳細に過ぎるなどの指摘がなされていることには留意されたい(崎地康文『M&A、ベンチャー投資における知的財産デュー・デリジェンス』(商事法務、2019年、242頁)。
※11:PwCアドバイザリー合同会社(編)『M&Aを成功に導く ビジネスデューデリジェンスの実務(第4版)』(中央経済社、2018年、488〜491頁)。
※12:敵対的買収では、対象会社の協力が得られず、DDの実行の困難となるが、スタートアップの買収事案であれば、スタートアップの株主である投資家にとっては、当該スタートアップの株式売却の機会を得られることとなるため、対象会社の協力が得られる場合も少なくはないだろう。
これらの点と知財の関係をみると、スタートアップがオープンクローズ戦略などに基づき、限られたリソースを最大限活用し、自社のプロダクト/サービスを普及させる戦略をしっかり固められているか。また、特許などの知的財産権を活用して競合優位を確保できているかが問題となります。
ただし、スタートアップを買収する場合、中堅企業や大企業の買収と異なり、(少なくとも現時点では)相対的に法務知財に関する社内体制が整っていないことが多いことに留意すべきでしょう。
このような現状を踏まえると、より建設的な形で買収を進める上で、一般的なM&Aにおける法務知財DDでの調査項目※13を形式的に当てはめ、整えられていない事項をいたずらに表明保証事項の対象に追加することで形式的にリスクヘッジする、といった対策はあまりおすすめしません。
それよりは、協業の形態は問わずM&A後の統合プロセスであるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)を踏まえ、買収前から対象のスタートアップと付き合い、いわばメンターとしてある程度支援し、買収前に致命的な点だけでもフォローできるようにサポートしておく、ということが現実的で望ましい解でしょう。自らサポートする形のみならず、適切な専門家を紹介するといった形でも良いかもしれません。
※13:一般的な知財DDの調査項目としては、飯田圭『知財マネジメントの要点 企業のための地図と羅針盤』(清文社、2018年)にコンパクトでありながら網羅的にまとめられており、スタートアップに指導する際も、同書の調査項目のうち重要と思われる点をフォローすることも考えられよう。
スタートアップに対する知財DDは、案件に応じて調査項目などは変わります。次回以降、どの案件にもある程度共通する一般的な留意点も紹介します。
スタートアップは基本的に、保有する知的財産権の数でより大手の企業と勝負することができません。1件ずつ権利を取得、保有目的を明確にし、この目的に沿った内容の権利を作り込み、権利化の後は、目的に沿った活用をしていくことが重要となります。
そのため、スタートアップの知財DDを行う場合には、当該スタートアップに対して、まず、いかなる目的で各知的財産権を取得したのかを確認し、権利化後はいかなる活用方針の下で、いかに活用しているかをヒアリングすることが有効です。その上で、当該目的に沿った権利の内容、活用方法になっているかを精査します。例えば、後発に対する参入障壁にすべく権利を取得しているにもかかわらず、侵害の立証可能性が著しく低い場合※14や、当該ビジネスモデルを採用する上で容易に回避可能な機能に関する知的財産権のみ取得している場合は、目的に沿った権利が取得できていないといえるでしょう。
※14:サーバのバックエンドの構成や動作のみが権利内容となっている場合など。
なお、事業への知財の生かし方と関連して、知財ミックスという考え方があります。すなわち、ある事業(製品)を知的財産権で守る場合、複数の種類の権利を組み合わせて保護することが有効な場合があるということです。例えば、意匠権と特許権を組み合わせて権利行使がなされた例として、知財高判平成22年7月20日(平成19年(ネ)10032号【溶融アルミニウム合金搬送用加圧式取鍋事件】)があります。
同事件では、一審判決(東京地判平成19年3月23日判タ1294号183頁)で特許権侵害が認められています。控訴審では設計変更後、侵害が主張されていた特許権のうち、2件の特許権は非侵害と判断が下されましたが、意匠権は侵害していると判断されました。このように、複数の種類の権利でポートフォリオを構築することで、コンペティターの設計変更による権利侵害回避を困難にすることは知財戦略の重要な視点です。
以上の点を踏まえれば、知財DDを行う場合においても、個々の権利を個別に調査検討するのみならず、時には俯瞰して権利の種別を横断した調査検討が有効な場合もあるといえるでしょう。
今回は、事業会社によるスタートアップへの投資に際して、株主間契約の留意点とスタートアップのM&Aの留意点について総論をご紹介しました。次回は事業会社によるM&A時の留意点を解説します。
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山本 飛翔(やまもと つばさ)
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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