創業から1年という短期間で製品化までこぎ着けることができた秘訣(ひけつ)を下村氏に尋ねると、スタートアップとしての戦略がうかがい知れる言葉が次々と飛び出した。
「私たちは重症化しやすい大腿骨骨折の転倒パターンのみフォーカスしています。全ての転倒パターンを扱うと実用化までの道のりが一気に遠くなります。転倒後の予後が最も悪い大腿骨骨折に絞ることでいち早く製品を市場投入し、より多くの現場に届けたいと考えました」(下村氏)
創業メンバーに現場を知る理学療法士がいることも大きなアドバンテージになっているという。
「エンジニアだけの集団でユーザーヒアリングを行うよりも、現場を知る人間がいた方が収集できる情報の量も質も格段に良くなります。課題を解決する製品を早く生み出すためには、多様なバックグラウンドを持ったチームを作る必要があります」(下村氏)
下村氏は「ころやわ」の開発当初、材料メーカーや建材メーカーという切り口で創業するつもりは全くなかったという。材料開発からスタートすれば、研究開発に莫大な資金と時間を要する。また、競合他社がひしめく中、建材メーカーとして後発参入すると、大手との競争から爆発的な普及は見込めない。大腿骨骨折にフォーカスし、既存の材料を使い、メカニカル・メタマテリアルという技術優位性で一点突破を目指すことで早期の製品化を実現した。また、医療業界や建築業界の商慣習に縛られることなく、顧客に直販することで、いち早く200カ所以上の医療現場や高齢者施設への採用を達成できた。
「従来の床を補修する形では工事が伴いコストも時間もかかってしまいますが、置き床として提供すればユーザー自身で設置できます。今後、海外への展開も考えると、簡単かつ早く導入できる仕組みに特化していくべきです」(下村氏)
マジックシールズは「ころやわ」を医療・介護施設だけでなく、住宅やオフィス、自動車の内外装への展開も考えている。高齢化が加速する海外での需要も見込めるという。
製品の販売拡充と並行して、「ころやわ」の研究開発も継続する。現在は、センサーを埋め込み転倒時のデータ収集が可能になるIoT(モノのインターネット)化したモデルも開発中だ。歩容を解析することで転倒リスクの高い高齢者の把握や、リアルタイムでのモニタリングが可能になれば、転倒の事前予防にもつなげられる。
また、転倒時に打った部位と順番が分かるだけでも、その後の治療方針やリハビリ、そして転倒リスクの予見にも貢献できる。センサーは床の下にあるので、利用者はセンサーを跨いだり、避けたりといった不自然な動作をする必要もない。転倒時のビッグデータが収集できれば、パーキンソン病やアルツハイマー病の前兆を検知することも可能だという。
マジックシールズという社名の由来は「世界の人を守る魔法の盾」という意味が込められている。人を助けるものを作りたいという子供の頃からの思いをそのままに、下村氏らはチーム一丸となって世界中の高齢者を救うモノづくりにいそしんでいる。
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