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» 2022年03月10日 10時00分 公開

転倒時だけ柔らかくなる床材、構造×素材×IoTで高齢者を守るMagic Shields越智岳人の注目スタートアップ(3)(1/2 ページ)

歩行時は硬いが、転倒時のみ柔らかくなり骨折を防ぐ床材「ころやわ」の開発を手掛けるMagic Shieldsは、独自の構造×材料技術によって高齢者の転倒骨折事故の防止に貢献している。その開発背景や創業から1年という短期間で製品化までこぎ着けることができた秘訣について、同社 代表取締役の下村明司氏に話を聞いた。

[越智岳人,MONOist]
転倒時のみ柔らかくなり骨折を防ぐ床材「ころやわ」 転倒時のみ柔らかくなり骨折を防ぐ床材「ころやわ」[クリックで拡大] 出所:マジックシールズ

 医療・介護業界から注目を集めるスタートアップがいる。静岡県浜松市のMagic Shields(マジックシールズ)は、独自の構造×材料技術で、国内だけでも毎年100万人にも上る高齢者の転倒骨折事故を防ぐ製品を開発している。

 歩行時は硬いが、転倒時のみ柔らかくなり骨折を防ぐ床材「ころやわ」を2020年秋から販売開始した。事故を防ぐという点に加え、床の上に置き床として敷くだけで済むため工事の必要がなく、早く安く導入できる利点が注目を集めた。既に導入施設は200カ所を超え、納品まで2カ月待ちという状況が2021年末まで続いた。

 反響の大きさから販売を医療・介護機関に限定していたが、資金調達と並行して生産と営業体制を大幅にリニューアルし、2022年4月から納期を大幅に短縮できる体制が整った。個人向けの販売も2022年夏には開始するという。

魔法の秘密は「メカニカル・メタマテリアル」

 転倒時のみ柔らかくなる秘密はマットの素材と形状にある。ビニール素材の表面の下にはエラストマー製の衝撃吸収層がある。ハニカムのような特殊な構造によって、大きな力が加わったときのみ床がたわんで衝撃を吸収する仕組みだ。素材単体では引き出せない機能や性能を構造によって実現する、「メカニカル・メタマテリアル」と呼ばれる技術が活用されている。研究機関に委託した調査結果によれば、転倒時に大腿骨に加わる衝撃をフローリング床の半分程度まで抑えることに成功したという。

「ころやわ」を設置する様子 「ころやわ」を設置する様子。床の上に「ころやわ」を置き、さらにその上からシートを覆うだけで導入できる[クリックで拡大] 出所:マジックシールズ

 毎年100万人に上る高齢者の骨折のうち、約4分の1が大腿骨骨折だ。その多くが転倒時に自ら受け身を取ったり、手をついたりできずに骨折するため、寝たきりになってしまうケースも少なくない。そのため、医療費や介護費の負担が増えるばかりか、周囲の家族にも負担を掛けるといった社会課題がある。

 マジックシールズ 代表取締役の下村明司氏は、高齢者が安心して歩ける環境を整えることで、高齢者とその周囲にいる人の負担を減らし、幸せにしたいと語る。

 「歩ける能力を維持することで、高齢者が自由かつ自立した生活を維持し、支える人も幸せにしたいという思いから『ころやわ』を開発しました。高齢化が進む海外の先進国での需要も見込んで、早期に欧米にも展開する予定です」(下村氏)

 下村氏は、ヤマハ発動機(以下、ヤマ発)でバイク開発に従事してきたエンジニアだ。オフロードバイクなど不整地で着地する際の衝撃吸収に関するノウハウが「ころやわ」の根底にある。また、創業メンバーの中には同じくヤマ発で三輪バイクの衝撃対策を担っていたエンジニアもいるという。ここまで聞くと、創業メンバーが得意とする技術をベースに起業した技術先行型スタートアップかと思うが、実態は全く異なる。

 「私たちはテクノロジーに根差したスタートアップですが、issue(課題)からスタートしています。最先端技術からスタートアップを目指すと、莫大な製造コストをいかに圧縮するかという課題にぶつかり、その後も量産や現場導入などの課題に直面します。私たちは課題を解決するために集まったスタートアップであり、さまざまな方向を模索し、事業性と社会性と技術を合致させたものが『ころやわ』でした」(下村氏)

身近な友人の死がきっかけとなり、スタートアップへ

 下村氏が言う「さまざまな方向への模索」は、マジックシールズの創業前にさかのぼる。

 人を助けるものを作ったり、何かを改善したりすることに喜びを感じる性格で、幼少期から手を動かすことが好きだった下村氏。東京電機大学でロボット工学を専攻し、大学院では災害救助ロボットを開発した。大学院修了後、ヤマ発に入社し、衝突技術の研究や設計、破壊テスト、シミュレーションなどに携わった。海外のバイクレースでもエンジニアの一員としてチームに同行し、バイクエンジニアのキャリアを着実に積んでいった。

 キャリアの転機となったのは、身近な友人の事故死だった。約10年前に事故で友人が命を落としたのを機に、人の命を守るものを作りたいという思いが強くなったという。その後、下村氏は休日や就業後の時間を使って、さまざまな課題を解決するモノづくり活動にいそしむようになる。

 バイクの運転中に頭上に降る雨を風で吹き飛ばすガジェットや、暴漢に襲われた際に使用する携帯できるシールドなどを開発し、ヤマ発社内で開催される発表会で披露した。また、社内の有志によるプロジェクトや、社外のアイデアソンにも参加し、さまざまな試作品やビジネスアイデアを生み出した。しかし、それらが世に出ることはなかった。

下村氏が開発したプロトタイプの一部 下村氏が開発したプロトタイプの一部[クリックで拡大] 出所:マジックシールズ

 本当に人を助けるには、事業にしないとサステナブルにはならない――。下村氏は経営を学ぶためにグロービス経営大学院に入学する。後にマジックシールズのCOO(最高執行責任者)となる杉浦太紀氏とはグロービスで知り合った。下村氏は理学療法士でもある杉浦氏から、高齢者の転倒骨折が2000年から2020年の間に倍増し、年間100万人にも達していることを聞かされる。

 もし、ここで何もしなかったら後悔する――。下村氏は骨折を未然に防ぐ床材の開発を決意し、ヤマ発を2020年に退職。MBA(経営学修士)の同窓生と、ヤマ発の同僚らとともにマジックシールズを立ち上げ、「ころやわ」の開発に専念した。

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