現状のままでは、日本および自動車産業をますます窮地に追い込むことにつながる。なぜなら、日本を含む自動車先進国をライバル視する新興国の自動車メーカーや、新たに自動車製造に参入する新興プレイヤーにとって、既存の自動車メーカーが自社の勝ち残りにこだわるのは都合のよい構図だからだ。
EVはハードウェアの抜本的変革であり、部品数の大幅削減や、ハードウェアからソフトウェアへの車両の付加価値の移転を引き起こす。この価値移転は新規参入者にとって大きなビジネスチャンスであり、経済成長や事業成長の重要な布石として虎視眈々(たんたん)と優位なポジションを狙える状況になる。
従って、新興国の自動車メーカーや新興プレイヤーにとって、「カーボンニュートラル=EV」という短絡的な構図には、従来の自動車業界で起こり得なかった後発優位の状況を生み出すメリットがある。さらに、これに対して一気にひっくり返されまいと反EVともいえる極端な守りに入れば、世界から「その姿勢はカーボンニュートラルの実現にコミットしていない証拠だ」とうがった捉えられ方をする、という悪循環につながっているのだ。
また、PRしやすいだけの目標設定や絵姿を押し出すことも、正しいカーボンニュートラルの動きの足を引っ張る。政治的、産業政策的な意図などから、あたかもパワートレインの選択肢が1つであるかのような捉え方や、移動の本質をモノとヒトの両輪で見ていない考え方も危険だ。これまでの歴史からも明確なように、経済合理性や時代の価値観に合致しない「ゲタを履かせたトレンド」は、どこかのタイミングでバブルのように弾けるからだ。
過去に大手日系自動車メーカーが、メディアのEV関連報道に苦言を呈したのは、この点に言及したものといえる。評価や評判を得るためのカーボンニュートラル施策は、これもやはり単一の省庁や産業、企業が勝てばよい、という視点となっているのではないだろうか?
カーボンニュートラルという社会アジェンダを例にとっても、グリーンモビリティの「社会コストの最小化に向け陸・海・空の移動を通じた次世代の社会や地球づくり」の視点が欠落もしくは劣後すると、真の目的は実現できないのである。
最後に、自動車業界が持つべき視点は何であろうか? それは自動車の製造や販売からの発想ではなく、人々の生活や社会からの顕在/潜在ニーズを起点にした「提供価値は何か?」である。2020年と2030年の陸上における移動ニーズを比較すると、人の移動が1.5倍、モノの移動が2.0倍にグローバルで増加する。
自動車は人々の豊かな生活を支えると同時にさまざまな社会課題を引き起こしてきた。今後は、よいクルマを生産するだけではなく、「移動、もしくは移動を通じた人々の理想の生活や社会、地球をいかに実現するか」「そのための最適で持続可能な組み合わせは何か」という問いへの答えを先導していくことが、これからも自動車産業が社会に必要とされ続けるための道筋になる。
そうなると、自動車業界は、各産業、企業や人々の生活を支える領域にまで踏み込み、複数のプレイヤーや地域社会などを巻き込みながら、n×nのウィンウィン(Win-Win)モデル=モビリティエコシステムを作り上げることが求められる。すなわち、自社だけが勝つ戦略ではなく、よりよい社会と地球の創生に向けた協調+競争のビジネス作りである。
次回は、日本の自動車業界が率先して取り組むべきモビリティエコシステムの具体的ユースケースを、社会コストの低減=全体最適の実現の視点から提案したい。
スタートアップや複数の外資系コンサルティング会社での経験を経て、EYに参画。自動車業界を中心に20年以上にわたり、経営戦略策定、事業構想、マーケット分析、将来動向予測等に従事。
EYではAMM商用車チームリーダーとして商用車・物流業界を軸としたBtoB、BtoBtoCに関するコンサルティングサービスを提供すると同時に、産業の枠組みを超えたモビリティ社会の構築支援に注力。
近年は経済産業省、国交省、内閣府、東京都をはじめとする官公庁の商用車・モビリティ領域のアドバイザーを務めるとともに、スマートシティー等の国際会議のプレゼンター・プランナーとして社会創生にも携わる。
世界70カ国以上においてコンサルティングの経験を持つ。
主な著書に『モビリティー革命2030』(日経BP、2016年、共著)。他寄稿、講演多数。
大手自動車サプライヤーにて、BtoB事業(商用車、農建機)領域の担当として、パワートレイン拡販、自動運転をはじめとするCASE戦略、事業企画等を経験した後、EYに参画。Mobility&Commercial Vehicle Teamとして商用車・乗用車業界に向け、新事業体の中期戦略構想、フリートマネジメント事業立案、ASEAN物流動向分析等に従事。地方自治体のモビリティエコシステム構想、MaaS実証支援等にも注力している。
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