2021年9月、トヨタ自動車は2030年までにEVなどの電動車向けの車載電池開発に1兆5000億を投じると明らかにしました。過去、HEV/プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)、水素エンジン車などの開発に巨額な投資を行い、幅広く電動車をラインアップしてきたトヨタといえども、激しさが増すEV開発競争に勝つのはそう簡単なことではないでしょう。
ご存じの通り、自動車産業はとても大所帯の産業です。機械系や電気系のパーツもさることながら、ボディーやシャシーに使われる鉄材、ウインドシールドなどのガラス材、内装用の樹脂部品、タイヤ、シーリングなどの化学素材、塗装材、さらにはGPSやセンサーなどの技術、そしてエンジンやクルマの挙動を制御する半導体とソフトウェアなど、実に多くの付随産業を従えています。それ故、“新しいこと”を始めるとなると、産業全体として膨大な投資を要しますし、その投資は必ず回収しなければなりません。
また、もう1つ厄介な議論があります。「EVは本当にグリーンなのか」という議論です。車載電池は生産時に多くのCO2を排出するという点に加え、批判的な人々は「そもそも車載電池を充電する際の電力はどこから来ているのだ?」と問い掛けます。それが火力発電から来ているなら元も子もないだろうというのです。水素燃料の場合も、水から水素を取り出す際に電気分解を行うので、“真のグリーン”をうたうなら、そこで用いられる電気は風力や太陽光など、再生可能エネルギーであるべきでしょう。これはカーボンニュートラル政策にもつながる議論となります。
EVの普及率や研究開発投資から見て、日本は残念ながら世界から出遅れていますが、商機そのものを失っているわけではありません。まず足掛かりとして物流のトラックやタクシーなど、商用分野に狙いを付けて市場拡大を図るのが近道ではないかと、筆者は考えます。
タクシー会社や物流企業は、国や業界によるインフラ整備を待たなくとも充電ステーションなどのインフラを自社展開できます。個人では無理でも企業ならそうした初期投資を事業で回収することが可能でしょう。
また、パナソニックが車載電池の供給で存在感を示すように、日本の中小メーカーはEVのエコシステムの中で、部品サプライヤーとして頭角を現す可能性を秘めています。EV開発では、日本の中小メーカーが力を発揮できる製品分野がたくさんあるからです。
そのときに必要となるのが“デジタルマニュファクチャリングの力”です。これまでに培った職人技をデジタルの仕組みに落とし込み、良質な部品を誰よりも早く相手先に届ける力を得ることができるなら、その先に開けているのは、単なる生き残りの道ではなく、大きな「成長への道」だといえるでしょう。 (次回へ続く)
今井歩(いまい あゆむ)
オランダの工科大学で機械工学を学び、米国Harvard Business Schoolで経営学を修める。日本ではソニーやフィリップスに勤務し、材料メーカーや精密測定機メーカーの立ち上げにも関わり、現在はデジタル加工サービスを提供する米企業Proto Labs(プロトラブズ)日本法人の社長を務める。
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