ここでは、図7のアイデアをもう少し具体的に考えてみる。図7の機能は、材料の熱特性で表現できる。図10に示すように、材料の熱特性はフーリエの法則(定常)と熱伝導方程式(非定常)で表現できる。ここでは簡単のため一次元で表現している。この2つの式は熱伝導率λと熱拡散率aの2つの値で決まる。すなわち、カップの形状、厚さが同じであれば、カップ自体の熱特性はこの2つの値で決まることになる。
実際にカップの材料を調べてみると、代表的なものとして図11のように分類できる。
次に、Ashbyマップを用いて、種々の材料の熱特性に関する値(図10の熱伝導率と熱拡散率)を表現すると図12となる。Ashbyマップは「Ansys Granta EduPack」(参考文献[2])を用いて作成した。このツールは材料データベースを有するとともに、材料物性値を用いた簡単な計算式(この場合は熱拡散率)を表示することができる。図12中に、図11の8種の材料の値も示す。ここで、熱伝導率は定常的な温度勾配があるときに熱が伝わる速さと考えることができるので、熱伝導率が大きいとカップのお茶は早く冷め、逆に小さいとゆっくり冷める(冷めにくい)と考えることができる。
図12から8種の材料では、硬質ポリマーフォームが一番“冷めにくい”と考えられる。図12の材料には、硬質ポリマーフォームよりも熱伝導率が小さい材料もあるが、前述のデータベースの該当する材料を調べると(このデータベースには物性値のほかに、材料の適用分野についての記載もある)カップには適さないことが分かる。また、“持ち手が熱くない”も、一義的には熱伝導率が小さく、熱拡散率も小さい方がいいと考えられる。
以上から、図7のアイデアを実現する材料としては、硬質ポリマーフォームが最も優れていると考えられる。この対極にあるのが銅である。なお、ここではカップの厚さは材料によらず一定として考えたが、厚さが異なる場合には、熱の伝わり方は厚さに反比例(厚いとゆっくり伝わり、薄いと早く伝わる)することを考慮に入れて、図12を補正すればよい。硬質ポリマーフォームは金属(銅、ステンレス)に比べると、強度上ある程度の厚さが必要なことより、厚さを考慮に入れても有利であると考えられる。また、質量が小さいことも利点である。
実際には、カップの形状ならびにお茶の上部からの自然対流、輻射、カップ下部を通してのテーブルへの熱伝導も“お茶の温度”“持ち手の温度”に影響する。この場合には、“1D-CAE(1Dモデルを用いたシミュレーション)”により、その実現可能性をより具体的に検討することになる(参考文献[3][4])。
次に、“お茶が冷めにくい”“持ち手が熱くない”とは直接関係しないが、カップを手に持った際に冷たく感じたり、硬く感じたりする現象について考える。この感覚は材料固有のものであり、感覚指標(参考文献[5])として図13のように定義できる。
図13の感覚指標も材料の物性値で表現できるので、Ashbyマップで図14のように可視化することが可能だ。この図から8種の材料の中では、硬質ポリマーフォームが最も温かく感じ、柔らかく感じる材料であることが分かる。逆に、銅やステンレスといった金属は冷たく、硬く感じることが分かる。
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