日立がシリコン量子ビットの開発に向け前進、超伝導量子ビットを超えるか量子コンピュータ(3/3 ページ)

» 2021年09月15日 06時30分 公開
[朴尚洙MONOist]
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トップダウン型のシリコン量子ビットで超伝導量子ビットを超える

 現在、ゲート型量子コンピュータの性能競争で最も進んでいるのが超伝導材料を用いた回路で量子ビットを実現している「超伝導量子ビット」だ。商用機となる「IBM Q System One」を2019年1月に発表したIBMや、2019年9月に世界で初めて量子超越性を実証したと発表したGoogleのゲート型量子コンピュータは、この超伝導量子ビットを用いている。

ゲート型量子コンピュータ開発の現状 ゲート型量子コンピュータ開発の現状。先行しているのは超伝導量子ビットで、シリコン量子ビットは後塵を拝している(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 これに対して日立が取り組んでいるのが、古典コンピュータの技術進化に大きく貢献したシリコン半導体技術をベースに量子ビットを実現するシリコン量子ビットである。これまでのシリコン量子ビットの開発は、微細化した量子ビット素子を“裸のまま”使用するという方向性だったが、量子ビット素子の動作や制御が難しいという課題があった。水野氏は「回路として構成されている超伝導量子ビットは、1つ1つが大きいものの制御が容易だ。この特徴をシリコン量子ビットに応用し、素子の集積度を上げて量子ビット素子複数をまとめて回路として動作させるというコンセプトで開発を進めた」と語る。

超伝導量子ビットを参考に、シリコン量子ビットの開発に新たなコンセプトを導入した 超伝導量子ビットを参考に、シリコン量子ビットの開発に新たなコンセプトを導入した(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 その開発成果の一つとなるのが「量子ドットアレイ」である。2021年9月開催の国際学会「SSDM2021(International Conference on Solid State and Materials)」では、電子1個だけを閉じ込めることができる箱をたくさん作る量子ドットアレイを形成し、これらの箱に電子1個1個を閉じ込めて制御するためのCMOS回路を同一チップに混載できる半導体プロセス「Q-CMOS」を発表している。

シリコン量子ビットの形成手順 シリコン量子ビットの形成手順。量子ドットアレイに必要な超伝導量子ビットを参考に、シリコン量子ビットの開発に電子1個1個を閉じ込めて制御する必要がある(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 量子ドットアレイの数は、128量子ビットに相当する128個だ。「現在は、必要な全ての条件下で、箱それぞれに電子1個1個が閉じ込められていることを確認している段階。この確認を完了できれば、箱に閉じ込めた電子1個1個を高精度に制御して量子ビットとして動作させるステップに進む」(水野氏)という。

シリコン量子ビットを実現する「Q-CMOS」と構造 シリコン量子ビットを実現する「Q-CMOS」と構造(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 現在、開発で先行する超伝導量子ビットは、ヘリウムなどを用いた希釈冷凍機によって実現できる10mKという極低温環境に超伝導量子ビットの集積回路を配置する必要がある。この超伝導量子ビットの集積回路と、極低温環境の外側にある信号発生器や計測器をつなげて量子ビットの状態を観測することで量子コンピューティングを実現している。将来的に、量子ビットをより大規模にしていく場合には、現在外側に出している信号発生器や計測器の機能をシリコン半導体として集積し、極低温環境の内部に組み込む必要も出てくる。

 日立が現在開発中のシリコン量子ビットは、量子ドットアレイと周辺の高精度制御・読み出し回路を混載することで、超伝導量子ビットで将来的に想定される極低温環境への機能取り込みを先行して実現するものになっている。また、シリコン量子ビットが超伝導量子ビットと大きく異なる特徴の一つとして、100m〜1.5Kという10mKよりもはるかに実現が容易なレベルの極低温環境で済むことが挙げられる。水野氏は「ホット量子シリコンビットとも言われており、希釈冷凍機の構成を簡素にできるし、量子ビットのさらなる大規模化にもつなげられる」と強調する。

超伝導量子ビットとシリコン量子ビットにおけるシステム設計の違い 超伝導量子ビットとシリコン量子ビットにおけるシステム設計の違い。超伝導量子ビットは、超伝導量子ビットの集積回路を10mKという極低温環境に置く必要があるが、シリコン量子ビットは100m〜1.5Kで済む(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 汎用量子コンピュータの実現に向けた超伝導量子ビットなどを用いる従来のアプローチを「ボトムアップ型」とすると、日立が取り組むシリコン量子ビットによるアプローチは「トップダウン型」になる。シリコンの集積性により量子ビットの大規模化が容易であり、古典コンピュータで開発が進むさまざまなデジタル技術も活用できるからだ。

「トップダウン型」のシリコン量子ビットで早期実用化を目指す 「トップダウン型」のシリコン量子ビットで早期実用化を目指す(クリックで拡大) 出典:日立製作所

 水野氏は「シリコン量子ビットを用いた量子コンピュータの開発では、オープンソースソフトウェアのやり方に学んで“オープン量子”といえるようなオープンな体制で早期開発を目指す。また、量子有用性の壁を超えるためには、CMOSアニーリングと同様にソフトウェアやアプリケーションと連携したチクタク開発も重要になってくるだろう。2027年から始まる中計期間中には、シリコン量子ビットを用いた量子コンピュータの実験的なクラウドを公開したい」と述べている。

シリコン量子ビットのオープン開発チクタク開発で量子有用性の壁を超える シリコン量子ビットのオープン開発(左)とチクタク開発で量子有用性の壁を超える(右)(クリックで拡大) 出典:日立製作所
日立の量子コンピュータ開発のロードマップ 日立の量子コンピュータ開発のロードマップ。青色で示されているのがCMOSアニーリングで、オレンジ色で示されているのがシリコン量子ビットに基づく量子コンピュータだ(クリックで拡大) 出典:日立製作所

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