2020年11月16〜27日にオンラインで開催された「第30回 日本国際工作機械見本市(JIMTOF 2020 Online)」において、主催者セミナーとして東京工業大学 科学技術創成研究院 特任教授の西森秀稔氏が登壇。「量子コンピュータ研究開発の現状と展望」をテーマに講演を行った。本稿ではその内容を紹介する。
2020年11月16〜27日にオンラインで開催された「第30回 日本国際工作機械見本市(JIMTOF 2020 Online)」において、主催者セミナーとして東京工業大学 科学技術創成研究院 特任教授の西森秀稔氏が登壇。「量子コンピュータ研究開発の現状と展望」をテーマに講演を行った。本稿ではその内容を紹介する。
コンピュータ業界では「ムーアの法則」の終焉(しゅうえん)など現在の枠組みにおける成長の限界についての関心が高まってきている。その一方で、AI(人工知能)での活用など、さらに高いコンピューティングパワーが求められる状況にある。加えて、クラウド化などが進む中で、コンピュータを含むネットワークのエネルギー消費の問題も深刻化している。データセンターの消費電力は急増しており、2030年にはICTに関わる電力消費は全電力消費の中で20%を超える試算が出ている。
これらの課題を解決する1つの方向性として注目を浴びているのが、超伝導量子コンピューティング技術の活用だ。超伝導技術により、コンピュータのエネルギー消費を抑える仕組みが考えられている。超伝導状態にするには低温度が必要となるが、小さなチップ(1平方センチのサイズ)を冷やすだけでよい。そのため、既に商品化されている量子コンピュータでは約15kWの消費電力で、スーパーコンピュータの約100分の1程度となるものもある。
ただ、西森氏は「量子コンピュータはスーパーコンピュータに取って代わるものではない。ある種の計算を早くできる可能性があるというもので、全ての計算ができるわけではない。スーパーコンピュータがなくなるわけではないが、スーパーコンピュータが行うタスクの中でもある種の計算は超伝導量子コンピューティング技術でも電力消費を小さくこなすことができる可能性がある」と説明する。
量子コンピューティング技術の1つである「量子アニーリング」という技術は1998年に西森氏の研究室で提案されたアイデアに基づいている。当初はほとんど注目されなかったが、カナダのD-Wave Systemsがこれに注目し200億円の開発資金を集めて、長年の開発期間を経て2010年ごろに商品化した。さらにGoogleとNASA(米国航空宇宙局)が共同購入し、研究開発を行い始めたことによる。Googleは3〜4年間で量子コンピューティング技術の特徴を理解し、その後独自開発を始めた。
Googleが取り組んだのは量子アニーリングではなく、ゲート方式(ゲート模型)を採用している。2019年には量子超越性を達成し、通常のスーパーコンピュータでは不可能な特殊なタスクを達成できたという。ゲート方式の量子コンピュータの特徴は、理論的にはどんな計算も可能で、スパコンを含めて通常のコンピュータができることに対応できるところにある。ただ、指数関数的に高速化が保証されているアルゴリズムは少ない。素因数分解(暗号解読)などに強みが発揮されることから、大規模なゲート方式の量子コンピュータが稼働すると、インターネット上のデータのやりとりを全て解読できるようになり、安全性が脅かされることも起こり得るという予測なども出ている。また、物質開発の分野で大きな役割を果たす量子シミュレーションもスーパコンのピュータの限界を突破すると期待されている分野だ。
一方、ゲート方式の弱点としてはノイズに弱い点があり、ノイズに対応していくには膨大なバックアップを設けて安定的に動かすことが必要となる。ハードウェアの現状は数十量子ビットであり、キャパシティーは脆弱(ぜいじゃく)である。こうした弱点に対応した大きなシステムを作るのに20〜30年かかるため、比較的小規模なシステムで通常のコンピュータとの組み合わせによるハイブリッドモデルが模索され5〜6年後には実現する可能性がある。
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