量子アニーリング方式の強みは「最適化問題、それを拡張したサンプリング、ある種の量子シミュレーションの問題を解くために開発された。汎用性はないが、最適化問題は社会的に重要な問題を含んでいるだけにうまく活用できれば大きな可能性が見込める」(西森氏)とする。弱点は数学的な基盤がまだ弱く、高速化が理論的に保証されているアルゴリズムはまだないということが挙げられる。ただ、既に稼働させられるハードウェアが存在していることから、実際に計算を行ってみてそれを検証する形で利用が進みつつある。
量子アニーリングが強いとする組み合わせ最適化問題としては、以下のようなものが想定される。
具体的な応用例を見てみると、食品会社のキユーピーがベンチャー企業のグルーヴノーツと共同で行った「総菜工場の製造における作業員の割り当て最適化」(量子アニーリングによるジョブ・スケジューリング)事例がある。
この事例では、「企業」「作業者」「シフト管理者」それぞれの都合や能力などを組み合わせて最適化することが求められていた。例えば、企業としてはコスト削減を目指し、一方で、現場では従業員に応じた割り当てやベテランと新人を組み合わせたシフトの編成、要望する勤務時間などの全ての条件をまとめることが求められる。
この編成作業は従来熟練スタッフが行っていたが、この問題を量子コンピュータに合わせた形に定式化し、D-Waveのマシンで解いたところ(D-Waveではクラウドで製品の使用を開放している)シフト作成者が30分かかっていたシフト表作成が1秒で作成できたという。さらに、従来のシフト方法では作業が大変になり過ぎて、考慮しきれなかった条件や、従業員が求める新しい働き方の要件なども量子コンピュータを活用することで反映できるようになる。今後はさらに働く人にやさしく、快適でかつ最適なシフト作成が可能になると期待されている。
こうした最適化についての計算ができるのは、量子アニーリングにおいて2つの状態が同時に現れるという現象によるものだという。量子アニーリング方式の量子コンピュータに採用された最重要チップである量子ビット素子の非常に小さい超伝導リング(直径1ミクロン程度)を、超低温(10ミリK)で冷やすと、超伝導の状態になる。そこに電流を流すと右回りの電流と左回りの電流が同時に流れる。一般的な回路では片方に流れ、両方に流そうとすると打ち消し合う。
この現象は、理論的には大変難しいが、西森氏は「量子コンピュータは、この不思議な状態をなぜこうなるかということを求めるよりも、これをうまく利用するという立場にある。つまり、この2つの違った状態が同時にあることからこれを0と1の2つの数を同時に表しているように解釈する。そうすると1つの量子ビットという素子で2つ数が同時に表現できる」と説明する。
これを2つ並べると00、01、10、11という数を同時に表すことが可能になる。量子ビットの数を増やすほどに表現できる数が倍々で拡大する。6個の量子ビットがあれば64個の数が量子ビットの中に同時に存在するようになる。量子ビットが10個だと2の10乗で1024、20個だと約100万、40個になると約1兆になる。この膨大な数をうまく処理することができれば、多くの計算が同時に処理できることになる。これを「量子力学的超並立制」という。ただ「多くの数を適正に処理し、欲しい解を引き出すにはアルゴリズムが必要であり、その1つが量子アニーリングとなる」と説明している。
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