取引事実を公表したがるスタートアップ、どんなNDAを結ぶべきなのかスタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(2)(3/4 ページ)

» 2021年09月14日 09時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

(2)主に当事者が開示する情報に関するもの

 一般論としては、情報の開示者は自社の秘密が漏れなく保護されるようにすべく、秘密の定義を広くとる傾向にあり、秘密指定不要を提案するケースもあります※4。他方、受領者としては秘密情報の範囲が広くなると、自社が負う秘密保持義務や目的外使用の禁止義務の範囲が広くなり、情報の管理コスト(情報の分別や、情報に接触した従業員の名簿管理など)が上昇しかねません。このため、秘密情報の範囲を少しでも狭めるべく、秘密指定を必要として、口頭開示の情報についても事後の指定を提案するケースが多くあります。

※4:ただし、口頭で秘密情報を受領者に開示した場合、当該秘密情報を開示したこと自体を開示者が立証できないおそれがあるため、結果として秘密情報として保護されないというリスクが残る。そのため、口頭開示後に後日書面にて秘密の指定をすることは開示者にとっても利益になりうることにも留意されたい。

 では、どのようにして交渉の落としどころを探るべきでしょうか。

 まず、秘密指定範囲の現実性が問題になります。この点は秘密情報の媒体や分量、情報管理の体制などで異なるでしょう。例えば、紙媒体であれば当該紙に「マル秘マーク」や「Confidential(秘密)」などのマークを付ける、電子データであればファイル名に「Confidential」と表記する、パスワードを設定するなどの方法が考えられます。口頭で秘密情報を開示する場合は事後に書面などでいかなる情報を提供し、そのうちいずれが秘密情報なのかを特定せざるを得ないでしょう。これらの媒体に応じた秘密指定方法が現実的に実行可能ならば、秘密指定の要求に応じても開示者側に大きな不利益はないかと考えられます。また、情報開示者がこれらの秘密情報を適切に管理できていれば、新たな秘密の指定作業などの負担が少なくなりますので、秘密指定の要求に応じる実質的不利益が小さくなります。

 これらの指定が難しい場合には、受領者側が秘密指定を不要とする案を受け入れざるを得ない場合もあります。この場合には、受領者としては、自社が秘密保持義務を負う情報の範囲を狭めるべく、自社が契約締結前にいかなる情報を保有していたかを立証できる状態にしておくなどの手だてを講じて、後述する秘密保持義務の例外規定を活用しやすいように備えることが大切です。

 なお、情報の開示者側において、情報のコンタミネーション防止や、秘密情報から漏れるリスクを最小限にすべく、特定の情報については別紙に具体的に列挙することも考えられます。例えば、経済産業省「モデル契約書 ver1.0 秘密保持契約書(新素材)」1条のオプション1は、以下のように規定しています。

1条 本契約において「秘密情報」とは、本目的のために、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示等の方法および媒体を問わず、また、本契約の締結前後 にかかわらず、一方当事者(以下「開示者」という。)が相手方(以下「受領者」という。)に開示等した一切の情報、本契約の存在および内容、甲および乙の協議・交渉の存在およびその内容、および、これらを含む記録媒体、ならびに、素材、機器およびその他有体物(別紙1に定めるものを含むが、これに限られるものではない。)をいう。

※強調は筆者によるもの。

 別紙で特定する情報が特許未出願の技術情報である場合には、弁理士に依頼して、秘密情報を特定することも検討すべきでしょう。守りたい秘密情報の具体的な特定は、万が一、営業秘密を盗用された場合に、その情報が自社の秘密に当たるものだと主張、立証する際にも役立つはずです。

 なお、提供する秘密情報の中に電子データが含まれる場合、媒体の性質上、データ上に特定のマークを付与することが困難なこともあります。この場合、紙などの別媒体で「データの概要」「データの項目」「データの量」「データの提供形式」などの項目を列挙することで、秘密情報に該当するデータを特定する手法が考えられます(モデル契約書(AI分野)別紙参照)。

 ただ、創業間もないスタートアップでは秘密管理体制が不十分なために、守りたい情報が(不正競争防止法上の)「営業秘密」としての保護を受けられないケースもあります。開示可能性のある情報の中に、顧客情報など営業上重要な情報が含まれる場合には、秘密保持契約における「秘密情報」にこれが該当するように、明確に定めておくことが望ましいでしょう。

 この点に関連して、事業連携指針では取引上スタートアップに優越的な地位を持つ連携事業者が、正当な理由※5なくスタートアップに対し、顧客情報の無償提供などを要請する場合があると指摘しています。この場合も優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)と見なされる可能性がありますので留意しなければなりません。

※5:この場合の「正当な理由」に関して、事業連携指針では、「顧客情報が事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該顧客情報に係る支払以外の支払に反映されている」場合などが例示されている。

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