多くの法律がそうであるように船舶関連法の内容は多岐にわたり膨大だ。自動車でいうところの道路交通法で定めているような交通ルールや、道路運送車両法で定めているような、船舶に搭載する装備の規則に関する法律に加えて、船舶を運航するために必要な船員の役割や労働環境、さらには船籍(船舶が所属する国)とその権利、積み荷や旅客に損害があった場合の責任や補償など、多種多様な関連法が関係してくる。
例えば、それら多種多様な船舶関連法で“交通ルール”に相当するのが国内法においては「海上衝突予防法」、IMOが策定した国際法(正しくは国際海事条約)としては国際海上衝突予防規則が定められている。また、道路運送車両法に相当する船舶関連法(船舶の登記登録や備えるべき設備を規定する法律)としては、国内法であれば「船舶法」「小型船舶の登録等に関する法律」「船舶安全法」、国際法においては「公海条約」「国連海洋法条約」「SOLAS条約」をそれぞれ順守しなければならない。
さらに、船舶操船者に対しても国内法では「船舶職員法」「小型船舶操縦者法」を、国際法では「STCW条約」を定めて、役割やレベルごとに必要な資格や技術、果たすべき役割などを求めている。
先に述べたように、海事実務担当者や研究者の間で、海洋関連法における自律運航船や、その先に実現を目指している無人船の扱いや解釈について近年議論が進んでいる。その中でも、広範囲の船舶関連法案における解釈を進めた論文として「無人船舶の航行と海上衝突予防法」(南健悟氏、2017年)と「自律運航実現に向けた法的課題」(梅田綾子氏、清水悦郎氏、南健悟氏、三好登志行氏、2018年)が挙げられる。
自動運航船や、その技術によって実現が期待されている無人船において、その法的解釈を難しくしているのが「船舶とは何ぞや?」を定義する法律だ。船舶関連法で、法律を適用する対象を決めるために「船舶とはこういうもの」と定義する必要があるが(自動車で言えば、運転席には適切に運転できるドライバーが座っているもの、と国際条約で定められていた)、その定義内容が関係法のそれぞれで異なっている、もしくは、そもそも規定されていないことが、法的解釈を難しくしている。
例えば、船舶の交通ルールの国内法ともいえる海上衝突予防法で船舶に該当するとなった場合、これらの法律で定めている灯火や形象物といった「船舶の状態を識別できる装置」の搭載や衝突の可能性がある場合の“避け方”に関するルールを順守しなければならないが、法律上、船舶ではないとなったら装置は搭載せずともよく、自分に向かってくる他の船を避ける必要もなくなる。加えていうならば、自ら他の船に衝突する針路で航行していても問題ないことになる。
ヨットやパワーボートなどの「小型船舶」になると、設備などを定める「船舶安全法施行規則」において、法律の適用外となる条件が設けられている。例えば、長さ3m未満で推進機関の連続最大出力が1.5kW未満のいわゆる「ミニボート」は船舶安全法施行規則の適用外となって、法律が求める設備の搭載や定期点検を必要としなくなる。
このような小型で小出力動力を搭載するミニボートやエンジンを搭載せず帆だけで航行する小型のヨット(ディンギー)は船舶安全法の適用外となっているが、そのことを拡大解釈して「ミニボートやエンジンを持たないディンギーは法律の対象外だからどのように航行しても違反にならない」と認識している人も少なくない。
しかし、船舶安全法の適用外であっても、海上衝突予防法における船舶の定義では、搭載する推進機関の出力や船の大きさで適用を除外する条文は用意しておらず、「水上輸送の用に供する船舟類(水上航空機を含む)」としているだけだ(海上衝突予防法の第3条)。
そのため、長さ3m未満で推進機関の連続最大出力が1.5kW未満の「ミニボート」であってもエンジンを搭載していないディンギーであっても海上衝突予防法が適用され、この法律で求められる避航操船(衝突の可能性がある他の船舶を避けるために決められている操船のルール)を実行し、灯火や形象物、発光信号、音響信号を用いなければならない(そのため、船舶安全法施行規則の適用外であっても灯火や形象物、発光、音響設備を搭載する必要がある)。
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