そもそも単結晶構造解析に電子線を用いた電子回折が適用できること自体は、単結晶構造解析の歴史の中でも知られてきたことだった。電子線は、X線と比べて物質との相互作用が108倍と大きいため、理論上はX線を用いる場合の1000分の1の結晶サイズでも解析が可能である。ただし、電子顕微鏡の課題でも出ているように、有機分子材料は電子線によって試料の結晶構造が急速にダメージを受けて壊れるため、構造解析に十分な回折点のデータを取得できなかった。
しかし現在は、回折点を検出する検出器の著しい発展により高感度かつ高速な測定が可能になっており、測定対象に与えるダメージを最小限にとどめられるような電子密度が低い弱い電子線を利用できるようになっている。そこで、電子回折を用いた単結晶構造解析にも適用可能な電子線技術を有する日本電子と、X線単結晶構造解析装置など向けに高感度かつ高速な測定が可能な検出器を開発するとともに単結晶構造解析の作業を容易にするための解析ソフトウェアを持つリガクは2020年5月、日本製の「電子回折による単結晶構造解析プラットフォーム」の市場投入に向けた共同開発契約を締結。その開発成果として、2021年6月1日に販売を開始したのがSynergy-EDというわけだ。
なお、Synergy-EDはリガクが販売元となることもあり、同社の単結晶構造解析ソリューション「XtaLAB Synergyシリーズ」の一つとして展開されることになる。
会見では、リモートで接続したSynergy-EDを用いて、実際に単結晶構造解析を行う様子を見せた。これまでのX線単結晶構造解析では、どれだけ小さくても1μmサイズの単結晶しか計測できなかった。これに対して電子回折を用いるSynergy-EDは、数十〜数百nm(1μmは1000nm)の結晶の測定が可能だ。数十〜数百nmというと分かりにくいが、粉末状で得られた結晶はこれよりも大きいことが多く、電子線が通るサイズにするためにスライドガラスなどを使ってすりつぶす必要がある。
測定手順としては、このようにして電子線が通るサイズにした試料を直径3mmのサンプルホルダーに載せてSynergy-EDの内部にホルダーを差し込んでセットする。その後、測定パーティクルを指定してから電子回折データを取得し、リガクの解析ソフトウェアを用いた自動構造解析により、分子の3次元構造を可視化できる。「早ければ1分ほどで測定結果が得られる場合もある」(神田氏)という。
リガクと日本電子はそれぞれ、大学や研究機関、企業の研究開発部門にさまざまな分析機器を納入している大手企業として知られている。本社が東京都昭島市にあること、設立がリガク1951年、日本電子1949年と創業から70年前後という共通点、本社間の距離が自転車で10分ほどという近さもあり、これまでも技術的な交流はあったが、本格的な事業提携は今回のSynergy-EDが初めてになる。神田氏は「日本には有力な技術を持つ分析機器メーカーがあるが、これからの時代1社単独でやれることは限られている。今回の両社の共同開発で生み出したSynergy-EDのように、日本の分析機器の強みを出していければ」と述べる。
なお、電子回折による単結晶構造解析は、電子線源や検出器を組み合わせて手作業で行っている事例は既に論文で報告されている。ただし、Synergy-EDのような自動化した装置として組み上げられ、解析ソフトウェアとも連動したソリューションとなっているものはまだない。「極微小結晶について、データ測定から構造解析までをシームレスに実行できることのインパクトは相当に大きい。国内の大学や研究機関だけでなく、グローバルでの引き合いも非常に強い」(神田氏)としている。
Synergy-EDの価格は1億6000万円。ターゲット市場は、MOF(有機金属錯体)やCOF(共有結合性有機構造体)の研究者、結晶多形や新規物質の探索を行う製薬会社、受託分析会社となっている。
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