設計に製造の実力値をフィードバックする上で、ベースとなる要件がある。それが設計製造連携である。設計製造連携は古くから認識されている課題であるが、とかく“総論賛成各論反対”という状況に陥りやすい。製造業DXの肝となるファクターではあるのだが、業務分担を再配分したり、新たなアクションアイテムを追加したりすると、途端に合意形成の難易度が高まる。それでも断行するにはトップダウンが不可欠であるが、新たなプロセスを定着させるためには当然ITも欠かせない。
設計製造連携を支援するPLMの機能としてはBOP(Bill Of Process)が提唱され、近年導入が進んでいる。BOPは製造工程をデジタル空間で表現し、生産準備業務は言うに及ばず、設計製造間のコミュニケーションを支援するものである。コンカレントエンジニアリングが叫ばれた2000年代には無かった機能で、ITが長足の進歩を遂げた結果、当時は不可能だったことが実現しているのだ。
BOPはシステム的にはPLMとERPとの接続を担う位置付けとなり、生産手配時の運用が基本となるが、活用シーンとして期待されているのは、むしろ上流の設計フェーズである。設計仕掛かり段階のCADデータやBOMと共にBOP情報も部門横断でシェアし、オンラインで工程検討も進める。設計者はその作業段階において生産側の状況や実力値をリアルタイムに把握しつつ、後工程に配慮した設計を行う。逆に、製造や調達が設計仕掛かりデータをベースに、つくりやすさや調達性の観点からVE(Value Engineering)提案を行うこともある。さらにトラブルの可能性も事前検証して未然防止策を講じる。当然、見積設計段階においてもこの運用は効果的だ。BOPはBOMや3Dと共に、デジタルツインの基盤を成す構成要素として、先進的な企業で活用が進んでいる。
そしてもう1つ、PLMが果たすべき重要な役割がある。B2B製造業の営業活動においては、受注の段階で目標原価と納期は確定し、仕様についてはその概要を顧客と合意する。ここに至る引き合い段階で、設計部門では見積設計を実施して営業を支援するわけだが、最優先事項はコンペに勝つことなので、多少ストレッチした仕様となっても受注することが優先される場合がある。ただ、設計としては引き合いという限られた時間の中でも、できるだけ精度を高めた見積設計を行いたい、要求仕様について顧客と認識の食い違いが生じないようにしておきたいという要望は当然ある。契約段階での仕様はその抽象度に比例して、後の振れ幅が大きくなり、利益を損なう危険性を高めるからだ。
PLMの運用により、過去の受注実績データを活用して、見積設計を高速かつ精度高く実行することが可能になる。この前提として、顧客要求事項をベースに類似の案件を検索、選定できるよう、案件ごとの要求仕様と設計情報を統合管理しておく必要がある。類似案件の検索については、AI(人工知能)の自然言語処理を用いて要求仕様のマッチングを行うことも技術的には可能だ。このAI実装が進めば、PLMの利便性をさらに高めることになるだろう。
要求仕様管理において、要点となるのは変化点管理である。前述のように、受注時に合意される仕様は細部まで検討されたものではないことが一般的である。見積根拠となった設計データも同様である。そこでB2B製造業では、受注後に仕様を具体化、詳細化していくわけだが、この過程でさまざまな変化が発生する。ただ顧客側には「変化」の認識が乏しく、あくまで仕様詳細化のスタンスであるため、大きなリスクをはらむことになる。メーカー側はその分バッファーを見込むわけだが、このバッファー消化プロセスを組織レベルで管理、モニタリングしないと、仕様錯誤によるトラブル発覚が納品段階までずれ込み、問題が最大化してしまいかねない。
変化には顧客要求が膨張するような外的要因ばかりではなく、実力値やミスに起因する内的要因もある。この変化を感知・捕捉しつつ顧客とすり合わせることで、認識ギャップや仕様未達成による納品トラブルを未然に防ぐのだ。
また、この変化によりビジネス上の大きなリスクが生じたら、マネジメント層にもアラートを発し、コーポレートでの意思決定を迅速に行えるようにすることが重要だ。コストと納期に制約がある中で、変化を正確に捕捉し、正しい設計を行えるようにする。このような設計力を獲得することがDX視点での目標となる。そして、実績データが蓄積されれば、それを活用する見積設計業務の精度もスパイラルアップしていく。
このように要求仕様管理のPDCAサイクルを回すことで、競争力は強化される。さらに言えば、DXの取り組みも継続することに意義があり、それがダイナミック・ケイパビリティの獲得につながるのだ。企業変革力は、文字通り改革を連続させる能力である。一時的に「変わったから」「効果が出たから」終わりというものではない。コストテーブルの設定そのものはDXのゴールではなく、その企業の実力値を見える化することが大事だ。そして、この実力値を高めていくことが競争力の強化となる。
もちろんコストテーブルの第1の目的は、受注においてきちんと利益を確保することにある。しかしビジネスの局面においては、その企業の実力値からストレッチした要件であっても勝負をかけて取りに行くときがある。このような挑戦を積み重ねて実績値を上げて、実力値=コストテーブルを成長させていくのだ。そのためにはスピーディーな経営レベルの意思決定が必要である。この一連の見積設計業務DXが、ダイナミック・ケイパビリティを体現する取り組みになると考える。
連載「モノづくり革新のためのPLMと原価企画」関連記事の目次
株式会社図研プリサイト 代表取締役社長
尾関 将(おぜき しょう)
上智大学法学部卒業後、株式会社図研に入社し、エレクトロニクス製造業向けCAD及びPDMの販売に従事。2010年の新事業部設立に伴い、PLM営業責任者に着任。電機のみならず輸送機器・産業機械・医療機器・住設機器など幅広い製造業に向けた設計製造改革を提案。
2015年には図研とビジネスエンジニアリング株式会社のジョイントベンチャーである株式会社ダイバーシンクの取締役に就任。2016年の図研プリサイト設立時に同社取締役に就任。2020年より現職。
著書に「儲かるモノづくりのためのPLMと原価企画」(東洋経済新報社)。
◇企業情報:株式会社図研プリサイト
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