量子コンピュータのエラーを前提とした計算手法を開発、実用化に向けた“一歩”量子コンピュータ

グリッドは、量子コンピュータの中でもノイズの影響を受けやすいNISQデバイス上で、実用的な問題を解くのに有効なアルゴリズム「ハイブリッド量子古典動的計画法(QDP)」を開発した。NISQデバイスのノイズの多さを前提とした計算手法であり、開発に成功したのは「世界初」(グリッド)の事例。

» 2021年01月07日 14時00分 公開
[池谷翼MONOist]

 グリッドは2020年12月17日、量子コンピュータの中でもノイズの影響を受けやすい「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)」デバイス上で、実用的な問題を解くのに有効なアルゴリズム「ハイブリッド量子古典動的計画法(QDP)」を開発したと発表した。

 AI(人工知能)技術の1つである強化学習の計算手法にQDPを用いて、その有用性を証明した。NISQデバイスのノイズの多さを前提とした計算手法であり、開発に成功したのは「世界初」(グリッド)の事例だという。

量子ゲート方式が抱える2つの開発課題

 量子コンピュータには「量子ゲート方式」と「量子イジングマシン方式」の2種類がある。この内、将来的に主流になると目され、世界的に注目されているのが量子ゲート方式だ。

 しかし、量子ゲート方式での量子コンピュータ開発には、いくつかの技術的な課題がある。グリッド 代表取締役の曽我部完氏は、その代表的な課題として「量子エラーの存在」と「量子回路作成の困難さ」の2点を挙げる。

 量子エラーは、現状、量子コンピュータのハードウェアに不完全さが残ることから生じるものだ。量子回路内でのゲートの反転時や量子ビットの位相反転時、量子測定する際にエラーが生じ、計算結果の正確性を損なってしまう。このため、正しい計算がハードウェアから取り出せなくなる。NISQデバイスにおける“ノイズ”とは、この量子エラーを指す。

 もう1つが回路作成の困難さである。NISQデバイスの場合、複雑な回路を作ってしまうと、その過程でエラーが増幅されてしまう。また、量子コンピュータには計算結果を保存しておくメモリが無い。このため、現状では古典コンピュータとハイブリッドで運用し、量子コンピュータの計算結果を古典コンピュータ上に記憶させざるを得ない。

量子回路の構造図*出典:グリッド[クリックして拡大]

 こうした課題を指摘した上で、曽我部氏は「実用化に耐え得る量子コンピュータを作成するには、アルゴリズムを相当工夫して、NISQデバイスでも求める答えを得られるようにしなければならない」と説明する。これを踏まえてグリッドが開発したアルゴリズムがQDPである。

量子コンピュータの種類*出典:グリッド[クリックして拡大]

強化学習の遷移確率計算において有効性を確認

 動的計画法とは、与えられたデータの次元数増加に伴って計算量が指数関数的に増加するという古典コンピュータの問題、いわゆる「次元の呪い」を解決するために考案された手法である。次元爆発の原因となる問題を小さな問題へと分割し、その上で各問題の解を別の問題に再利用するというものだ。

 「例えば、分割した問題の1つが『35×94』という内容だったとする。この解は『3290』だが、この答えを利用すれば、『35×94×2』という問題は効率的に解けるようになる。この手法は、実際に古典コンピュータでも、組み合わせ問題や制御工学、強化学習、経済理論などの分野で使用されている」(曽我部氏)

 今回グリッドは、QDPのアルゴリズムを、古典コンピュータとハイブリッドで運用する量子コンピュータ上で動作する量子回路として実現した。その上で、量子回路を強化学習の計算に一部適用する仕組みも作成した。

 強化学習の計算メカニズムの中には、AIエージェントが「自身にとってどの状態が最も価値が高いか」を計算する「状態価値関数」が含まれている。これは、エージェントの特定の行動と、「その行動によって目標(ゴール)に到達する可能性(価値)」を評価する「行動状態価値関数」の掛け合わせで導ける。行動状態価値関数を算出するためには、「意図した行動に反して状況が違う方向に進む確率」である「遷移確率」の計算(フォン・ノイマン定理の計算)が必要になるが、グリッドは同社が開発した量子回路を、この遷移確率を求めるために用いた。

強化学習の計算方式と量子回路の適用箇所*出典:グリッド[クリックして拡大]

 その結果、QDPで算出した遷移確率の計算速度や探索空間規模を、動的計画法と同じ性質を持つ古典的アルゴリズムで計算した場合と比較すると、QDPに優位性が認められたという。「遷移確率の計算時には、確率を厳密に算出しようとすると過学習になるリスクがある。しかし、NISQでは計算過程に適度にノイズが加わる。これが、過学習を抑える上では、むしろ都合が良い」(曽我部氏)。

 曽我部氏は今回の研究成果について、「古典コンピュータにおける価値関数の計算では、状態の数(N)が増えるに従ってNの2乗オーダーで計算量が増大していく。しかし、量子コンピュータであればN+1回、量子回路に通すだけで計算が完了する。今回開発したアルゴリズムが、量子コンピュータの実機で動くことも確認済みだ。素材や薬剤などの材料探索や、社会インフラの計画など、世の中にとって有益な領域でも量子コンピュータが活用できるようにしたい」と語った。

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