データインテグリティの重要性を理解したところで、次に、データインテグリティに求められる要件を解説したい。FDAのガイドライン(前述)では、データインテグリティを実現するためのフレームワークとしてALCOA(下表)に言及している。
また、EMA(European Medicines Agency:欧州医薬品庁)では、ALCOAに加えて、下記4項目に言及している。これらを総合して、ALCOAプラスと呼称するケースも多い。
これらは、平たくいえば、製造準備の段階では「誰が、いつ、どのような理由で、どのような操作を行ったか」、製造中には「いつ、どこで、どのようなイベントが起きて、どのような結果となったか」などの記録が「改ざん不可能な形で保存されているか」ということが問われていると言い換えられる。これらの要素を満たせなければ、データインテグリティに対応した製造現場は実現できない。
現状では紙ベースの運用も認められているが、そもそも、手書きであらゆる記録を取り、間違いがないか確認する行為は大変な苦労を伴う。手入力や手書きは、入力する時点で読み間違いや書き間違いのリスクがある。加えて、紙の書類は管理コストがかかる。生データと見なされ得るあらゆるデータは捨てることを許されないため、膨大な量の紙記録を保存しておく必要がある。やはり、解決の近道は、正しくデータインテグリティ対応を実現できるシステムの導入による、電子化・自動化であろうと考える。
このような「あるべき論」に対して、国内の医薬品製造現場の現状はというと、データインテグリティへの対応が不十分な状態が散見される。例えば、以下のような状況である。
ここでいう監査証跡とは、各種記録の生成、変更、削除や操作の履歴情報であり、誰が、いつ、なぜ、どのような変更を行ったのかなどの記録を指す。ユーザー管理は、IDとパスワードにより、必要な権限を持った担当者だけが必要なアクションを取れるようにすることを指す。この2つの要素は、データインテグリティ実現の必須要件である。
例として、実際にFDAから警告書を受け取ったケースを紹介したい。国内原薬製造A社は2018年にFDAから警告書を受け取ったが、その中には下記のようなデータインテグリティ関連の指摘が含まれていた。
(※5)High Performance Liquid Chromatography(高速液体クロマトグラフィー)。医薬品中に含まれる成分を分析
このFDAによる警告内容は、当該A社だけに当てはまる内容ではなく、国内の多くの企業で類似の事象が存在しているのが現実だ。余談ではあるが、その後、同社で社内調査を進めた結果、承認時に策定した製造手順と異なる方法で製造していた事実が判明し、自治体による業務停止命令を受けるに至った。その後発表された第三者機関による調査報告においては、課題の一部として、製造部門におけるデータインテグリティ関連の課題(作業開始時刻の矛盾や不適切なデータ修正などの履歴)が指摘されている。データインテグリティにかかわる問題は、製造現場のみならず、経営レベルでの問題になりうることを指摘しておきたい。
国内でのGMP省令の改正や海外査察機関などの締め付け強化もあり、ようやく国内でもデータインテグリティが真剣に議論されるようになってきた。ただし、製薬会社各社においても、サプライヤーであるシステムインテグレーターや装置メーカー各社においても、どのようにデータインテグリティ対応を実現していくべきか、についてはまだ決定的な解を持っていないのが現実だといえる。
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