医薬品業界の新たな課題「製造のデータインテグリティ」をどう解決するかIIoTの課題解決ワンツースリー(6)(1/3 ページ)

産業用IoT(IIoT)の活用が広がりを見せているが、日本の産業界ではそれほどうまく生かしきれていない企業も多い。IIoT活用を上手に行うためには何が課題となり、どういうことが必要になるのか。本稿ではIIoT活用の課題と成果を出すポイントを紹介する。第6回では、医薬品業界で注目される「データインテグリティ」について解説する。

» 2020年12月02日 11時00分 公開

医薬品業界で注目されるキーワード「データインテグリティ」「Part11」

 昨今 、国内の医薬品製造現場では「データインテグリティ」や「Part11(パートイレブン)」対応といったキーワードがよく聞かれるようになってきている。これらは医薬品業界特有のもので、IIoT(産業用IoT)とは切っても切り離せないテーマである。

 データインテグリティとは、あらゆるデータが完全で、一貫性があり、正確であることを意味する。データインテグリティが確保されているということは、すなわち、データの改ざんが行われていないこと、製品が正しく製造されていることの証明になる。Part11(※1)は、1997年に発行された米国FDA(Food and Drug Administration:食品医薬品局)による、従来の紙や手書きの記録と電子記録や電子署名を同等に扱うための規則で、データインテグリティはその構成要素の1つである。

(※1)21 CFR Part 11「Electronic Records; Electronic Signatures」。CFRはCode of Federal Regulations(連邦行政規則集)の略語。21はCFRの21巻であることを示しており、21巻にはFDAに関する規則が記載されている。このPart11(第11章)がElectronic Records; Electronic Signatures(電子記録、電子署名)にかかわる規則である

 医薬製造業では、MES(製造実行システム)やSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)などのシステムを導入する際に「Part11に対応できているか」という話題になるが、これは「この規則に従った形でシステムが構築できるか」ということを指している。Part11は20年前以上の規則であり「なぜ今なのか」が重要である。今注目されている背景には、製造現場での各種自動化、電子化システムの利用増加、それに伴う国内外の規制当局の締め付け強化、品質保証に対する考え方の変化などの要因がある。

規制当局の締め付け強化、デジタル化への要請

 FDAは、データインテグリティ対応に関する査察姿勢を強化し、警告書(Warning Letter)の発行を続けている。これは、医薬品製造現場におけるMESやSCADAなどの各種自動化・電子化システムの導入が広がっていることによるものだ。

 以前はこうしたシステムの導入が進んでおらず、規制の適用対象は少なかったが、システム導入が進むにつれ、正しく規制に対応しているかという点が厳しく問われるようになってきた。そして、紙よりも電子記録の方が記録の方法として最適だという考え方が定着しつつある。

 自動化や電子化が進んでいなかった時代は電子記録よりも紙の方が信頼できるという風潮が強かったが、近年はソフトウェア技術の進展により、監査証跡や電子認証など信頼性を確保する機能が充実し、FDAが求める形で自動化や電子化が実現できるようになってきた。むしろ、紙の方が、目視確認ミスや転記ミスといったヒューマンエラーが発生しやすく、さらに記録が容易に差し替えられるリスクがあるとの考え方も出てきた。また、査察効率化の観点も重要である。通常、データインテグリティの観点での査察は、対象とすべき記録が膨大になる。各種記録を電子化すると該当データの検索が容易になり、査察業務が効率化できる。

 FDAでは2018年にデータインテグリティにかかるガイドラインを発行(※2)し、製薬会社各社におけるデータインテグリティ対応の必要性が明確とされている。これまでFDAを例にとって説明してきたが、既に英国では2015年、EUでは2016年に、同様のデータインテグリティに関するガイドラインが示されており、データインテグリティ対応は世界的に重要なトレンドになっている。米国企業との取引の多いインドでは、早くから対応の必要性が認識され、日本よりも早く対応が進んでいる。

(※2)FDA「Data Integrity and Compliance With Drug CGMP Questions and Answers Guidance for Industry」(データインテグリティおよびCGMP準拠質疑応答業界向けガイダンス)

 日本は長らく対応が遅れていたが、2014年にPIC/S(医薬品査察協定および医薬品査察共同スキーム)(※3)に加盟し、グローバルスタンダードでのGMP(医薬品の製造管理および品質管理の基準)(※4)に取り組むことになった。GMP省令もPIC/Sに準じた形で改正予定だとされている。同改正案にはデータインテグリティに関する項目が取り込まれ、製薬会社には、どのような形でデータインテグリティ対応を実現するか、手順書を作成するよう義務付けることが検討されている。今後の動向に注目である。

(※3)PIC/S(Pharmaceutical Inspection Convention and Pharmaceutical Inspection Co-operation Scheme、医薬品査察協定および医薬品査察共同スキーム)とは、査察当局間の非公式な国際的協力組織であり、各査察当局間でGMPにかかわる規制や査察基準を統一させていくことを目的としている。法的拘束力はないがEUや米国の加盟によりデファクトスタンダード化している。日本は2014年に加盟
(※4)Good Manufacturing Practice(医薬品の製造管理および品質管理の基準)。GMP省令(医薬品および医薬部外品の製造管理および品質管理の基準に関する省令)は旧薬事法の下位概念に位置付けられ、医薬品製造で順守すべき項目が規定されている。

IIoT化時代の新たな品質保証の考え方

 それでは、このデータインテグリティとIIoTがどのような関係を持つのだろうか。従来、医薬品の品質保証に関しては、全数検査が不可能とされ、サンプルの抜き取り検査が行われてきた。ただし、昨今の生産現場のデジタル化・各種センサーの設置により、製品の品質に影響を及ぼす重要工程パラメータ(CPP)を連続的に監視・記録・保存できるようになってきている。これにより、ロット中のCPPに問題がないことを証明することで、サンプル抜き取りで不可能だった全数保証につなげていく考え方が出てきている。

 もちろん、データインテグリティ対応の観点が重要であり、重要工程パラメータが正しく設定され、記録・保存されていること、改ざんされていないことを証明することが必要なのは言うまでもない。これは、医薬品業界で提唱されている新たな生産方式、連続生産やQuality by Designの考え方にも通じる。

 連続生産は、バッチ生産とは異なり、連続的に原料を供給、生産を続けるという方式であり、稼働時間や処理時間を変えながら、柔軟に必要なだけ生産を行うことを目指す。連続生産では「原料の物質特性に応じて工程パラメータを調整する」「製造中に製品品質に影響を及ぼすパラメータを連続監視し、管理基準外の製品は都度排出する」といった考え方が採用される。

 Quality by Designは、製造工程を目的の品質が製造できるように設計、工程で管理すべきパラメータや品質特性の範囲を定め、製造時にはこれらが許容範囲におさまるよう設備を運用し、結果として、最終製品の試験ではなく、製造工程中で連続的に品質を保証していくという考え方である。これらに共通するのは、製造工程のあらゆる重要パラメータを監視、記録し、整合や逸脱をチェックすることにより、製造工程内で連続的に品質を維持するという新たな考え方である。

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