サービスイノベーション創出の最初のステップは、顧客インサイトを獲得し、顧客が抱える問題や課題を特定することである。従来の製品開発や機能強化のためのアンケート調査やヒアリング調査にとどまらず、自分たちの製品が顧客の現場でどのように使われており、顧客はどこに使いにくさや業務課題を抱えているのかをつぶさに観察し、気付きを得ることが必要である。
また、製品の利用状況などについては、IoTなどの新技術を活用したデータ取得や解析も効果を発揮する。ミクロな観察とマクロなデータ分析を組み合わせたアプローチが有効だ。従来の製造業は、たとえB2Cビジネスを展開する企業であったとしても、販路が代理店や量販店経由であった場合が多く決して顧客(エンドユーザー)と直接つながりがあるわけでなかった。この少し遠い存在であった顧客に歩み寄り、理解を深めることがサービスイノベーション創出の第一歩となる。顧客理解のステップについては、連載の第2回で詳しく説明する予定だ。
さて、顧客課題の特定ができれば、モックアップなどを用いたPoC(概念実証)フェーズに移行する。PoCやモックアップ開発で重要なのは、アジャイル型で検証と開発をスパイラル(らせん状)的に実施することと、将来の実務への適用を意識したアーキテクチャデザインや知財管理を行うことである。
前者に関しては、顧客に寄り添い、業務に即したUI/UX(ユーザーインターフェース/顧客体験)を実現するために不可欠で、顧客にとって価値あるサービスをデザインしていくプロセスである。
一方、後者に関しては、PoC止まりとならないために試験から実用までをシームレスにつなぐ取り組みである。「PoCでは好評だったが、導入段階での高額なライセンスフィーが支払えない」「システム構築コストが膨大になり過ぎる」という問題は起こりがちなケースだ。これらの問題を事前に考慮し、対応可能な計画をしておく必要がある。このステップについては、連載の第3回で詳述したい。
ビジネスモデルや事業戦略については、PoCを経て顧客課題を解決できるソリューションを生み出すことができた段階で、詳細に検討を開始することが望ましい。大企業の事業規模に見合った新規事業の規模や、既存事業とのカニバリゼーション(食い合い)の検討を当初から意識してしまうと、顧客にとって有用なサービスイノベーションを生み出すことはできない。顧客にとって価値のあるソリューションを見つけ出した後に、その提供方法や収益モデルを構築し、スモールスタートでビジネスを開始すべきである。
デジタルサービス事業については、損益分岐点を超える売り上げ規模までにどのような筋道で到達するかが非常に重要である。顧客にとってのイニシャルコストの設定や顧客の裾野拡大方策について、自社内にとどまらずに広く解決方策を考えていかなければならない。また、データ活用による新ビジネスを検討する際には、データ共有の仕組み、データオーナーシップなどグローバルな標準化や規制の動向についても検討当初から意識する必要がある。欧州ではドイツ中心のデジュール化の取り組み、米国ではデファクトスタンダード獲得に向けた取り組みが加速している。これらの動向を無視した取り組みはビジネス実現に当たっての大きなリスク要因となる。これらの事業実行フェーズの具体論については、第4回で詳しく説明をする。
製造業におけるサービス化やサービスイノベーションの創出については、近年さまざまなところで提唱され、多くの製造業が取り組みを進めているところだが、それほど大きな成果を生み出せていないように見える。しかし、一方でわれわれの日常生活や非常事態宣言下のリモートワークの現状を振り返ってみると、GAFAMや新興ITベンチャーのXaaSがブラウザ経由やスマートフォンアプリを通じて容易に利用できるようになっていることに気付くはずだ。
こうした「デジタルサービス」を基軸としたビジネスモデルの変化は、B2B製造業の世界においても必ず訪れる。その流れに乗り、不確実性に負けない事業安定や事業成長を実現するための具体的な方策を、さらに本連載の2回目以降ではお送りしたい。
≫連載「顧客起点でデザインするサービスイノベーション」の目次
杉江周平(すぎえ しゅうへい)
フューチャー 製造・物流ディビジョンリーダー
イノベーション・ラボラトリ 取締役
東京大学大学院広域システム専攻修了後、三菱総合研究所を経て2017年にフューチャーに入社。社内の新規事業として、戦略コンサルティング事業を立ち上げ、製造業や物流業を対象に、経営・事業戦略、新規事業開発、イノベーション戦略などのコンサルティングサービスを推進している。2019年12月よりフューチャーグループ傘下となったイノベーション・ラボラトリの取締役に就任。現在に至る。
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