2020年2月末日に「TechShop Tokyo」が閉店した。
米国で11店舗を展開し、メイカームーブメントを体現する工房として知られる米TechShopが富士通と提携し、東京・溜池山王に1200m2と巨大なメイカースペースをオープンしたのは2016年のことだった。
TechShopの創業者であるマーク・ハッチ氏はTechShop Tokyoのオープニングセレモニーで、“日本でのメイカームーブメントの加速”を宣言したのを記憶している。メイカームーブメントをリードするTechShopが、アジア最初の拠点に中国ではなく日本を選んだことも、それを実現した立役者がメーカーではなく、ITベンダーとしての色合いが強くなっていた富士通だったことも驚きだった。
しかし、それから2年後の2017年にTechShopは破産し、米国内の全11拠点は一斉に閉店した。一時は運営母体を変え、再始動する動きも見られたが、TechShopのライセンスは現在も破産管財人の管理下にあるという。
「タイムマシン経営」という言葉がある。先進国で成功したビジネスモデルをいち早く展開することで成功するという意味だ。しかし、成功だけでなく受難も引き継ぐのがデメリットでもある。TechShop Tokyoが米国のTechShopと同時に閉店することはなかったが、DIY文化が日本よりも根深い米国でのTechShop破産は日本とは無関係であるはずがなかった。
「米国と比較してDIY文化が深く浸透していない日本では、個人ユーザーからの会費でマネタイズは難しいと判断し、当初から法人に向けたサービス提供を推進していた」。そう語るのは、TechShop Tokyoを運営するテックショップジャパン 代表取締役社長の有坂庄一氏だ。
親会社が富士通であることもあり、多くの大企業や地方自治体がイノベーション創出に向けたプロジェクトにTechShop Tokyoを利用した。経済産業省が推進するスタートアップ支援政策にも参加するなど、社会的な評価も一定数得られた。また、都心にあるというアクセスの良さから個人ユーザーの利用も多く、TechShopを通じて個人事業主として独立した会員も少なくないという。
しかし、経営面では苦しい状況を打破することはできず、メイカースペースの運営から撤退することになった。有坂氏はメイカースペースが社会に貢献できることを証明できた一方で、単体の民間企業が運営するには課題も多いと指摘する。
「TechShop Tokyoの5年間というのは社会的に、これだけの規模のメイカースペースが世の中に必要か否かを問う検証期間だったと思う。結果的には政府も興味を持つなど、社会に必要な機能だという結果は残せたと思う。こうした機能を絶やすべきではないとするならば、民間企業だけでなく政府や行政が真剣に考えていくべき段階に来ている」(有坂氏)
安全な運営を重視し、技術スタッフや運営スタッフに重きを置いたことで、事故は一度も発生しなかった。しかし、その一方で法人向けの商材開発や提案に割く人員が思うように増えず、それが撤退の一因になったと有坂氏は振り返る。
「9時から17時の営業であれば、現場スタッフは半分で済む。しかし、それはTechShopではない。設立当初から『Build your dream from here』という米TechShopの哲学に共感し、誰もがアイデアを形にできる場所を提供するというサービス方針は変えずにいた。しかし、施設の外に出て、企業や地域の課題とTechShopが持つ資産をマッチさせて、売上に変えられる人材はなかなか見つからなかった。社会全体でそういった人材を育てていく必要性があると感じている」(有坂氏)
売上面では、事業継続につながるほどの結果にはならなかったかもしれないが、TechShop Tokyoを通じて独立したクリエイターは決して少なくない。実は、TechShop Tokyoから誕生した企業プロジェクトも多いという。こうした社会的価値の創出に貢献したことは忘れてはならないだろう。
これまでの会員数は累計で約1500人。TechShop Tokyoが4年弱の間に築いてきたクリエイターのコミュニティーは、単純な投資のみで得られるものでは決してない。
先進国の中でも、日本はスタートアップへの投資が遅れており、製造業全体の弱体化が指摘されて久しい。創造性を武器に活躍できるクリエイターやエンジニア、新しい技術で急成長を狙うスタートアップを支える場として、都市型のメイカースペースの在り方が今まさに問われているといえよう。
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