日本にメイカースペースが誕生してから約10年になる。この10年間で得られた結果を、次の10年に生かすために何ができるのだろうか。
日本で最初のファブラボ設立に携わり、アカデミックな立場からメイカームーブメントに関わり続けている慶應義塾大学 環境情報学部教授の田中浩也氏にインタビューを申し込んだ。田中氏は世界各国のファブラボの動向や運営戦略、事例などをまとめた『ファブラボのすべて イノベーションが生まれる場所』(ビー・エヌ・エヌ新社刊)の日本語版の監修を務めている。本書で語られていることも交えながら、田中氏はファブラボに焦点を置いて、小規模なメイカースペースの役割について意見を述べた。
メイカースペースのコアな利用者層としては個人のメイカーと、小規模な組織からなるスタートアップに分かれる。前者が製作するのは1個のハンドメイド品ないしは数十個程度の手作業による量産品で、ほとんどの場合メイカースペースの中で完結する。
しかし、スタートアップの場合には生産数は数百〜数千と桁が一気に増える。そのため、小ロットでの量産が可能な工場に部品調達や製造、組み立て、パッケージングまでを依頼する必要がある。田中氏は前者を「工房製品」、後者を「工業製品」と定義した上で、ファブラボが担う役割は前者であると断言する。
「大量に売って採算をとるために個人や小さな組織がリスクを背負い、従来の製造業の仕組みに巻き込まれながらモノを作るのがスタートアップによる工業製品。100社のうち1社、ユニコーン企業になればいいという確率で成り立っている。ファブラボで作られているものは真逆で、服や家具、装具といったデザインプロダクト。少量生産が中心であり、それぞれが長く小さく売れたり、利用されたりするものだ」(田中氏)
過去10年において世間からメイカースペースにおける主役として注目されてきたのは工業製品を生み出すスタートアップの方で、ファブラボを創業期の拠点とするスタートアップがいるのも事実だ。しかし、ファブラボのような地域に根差した小規模なメイカースペースが目指すべきなのは、小さな課題を着実に解決できるプロダクトを生み出せるようになることだという。
そうした場をサステナブルに運営するには、地域行政を担う自治体や公的機関との連携が必要になる。先に挙げたファブラボ仙台以外にも、日本では自治体や行政が立ち上げたメイカースペース、ファブラボは存在する。しかし、それらは産業支援や中小企業振興が中心であり、スタートアップやベンチャーにしか有効ではない。より小さな規模の課題を解決するための体制がほとんどの地域行政になく、ファブラボの持つ資産を生かし切れていない。
「モノを作るだけではファブラボは続かないというのが、この10年の結論の1つで、街の中でどう機能するかを考えなければならない。海外のファブラボでは『Fab City(ファブシティー)』という構想の下、地域課題を地域の人が自ら手を動かして解決するためにファブラボを活用しようとしている。鎌倉市が2018年にファブシティーとなることを宣言しているが、日本の自治体の大半は、こうした文脈でファブラボを支援しようという体制がない」(田中氏)
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