エッジコンピューティングの逆襲 特集
連載
» 2020年03月09日 10時00分 公開

勝利を約束されたArmのAI戦略、MCUの微細化も加速させるかArm最新動向報告(9)(3/3 ページ)

[大原雄介,MONOist]
前のページへ 1|2|3       

MCUにもAIを適用して「エンドポイントAI」を提唱

 さて、ここまでの話はCortex-AのCPUを対象にした話だったが、Arm TechCon 2019ではMCUに用いられる「Cortex-M」向けで強烈な「Helium」推しがあった(図5)。

図5 図5 具体的な数字としては、信号処理(Signal Processing)で最大5倍、MLのパフォーマンスで最大15倍という数字や、キーワード抽出で90%、CIFAR-10のイメージ特定で83%の処理時間削減が可能になる(ので、その分消費電力を減らせる)といったものが示された(クリックで拡大)

 Heliumは、2019年2月に発表された「Arm v8.1-M」で新たに追加されたMVE(M-Profile Vector Extention)で、要するにCortex-Mで利用できる128bitのSIMDエンジンである(図6)。従来、Cortex-Mには「CMSIS-NN」と呼ばれるフレームワークが提供されており、これはCortex-M4のDSP命令などを利用することでNNを効率的に動かそうというものであったが、Heliumでは(この時は発表されなかったが)ArmNNでの利用が可能となっている。

図6 図6 「Helium」はInt 8/16/32とFP16/FP32に対応する(クリックで拡大)

 これを念頭に置いた上で、2020年2月に発表があった「Cortex-M55」と「Ethos-U55」を眺めると、Cortex-Aと同じ戦略をCortex-Mでも推し進めようとしていることが見えてくる。つまり、今後はHeliumを実装するCortex-Mが増えてくるので、まずはこれである程度の性能を持ったソリューションが構築可能であり、より性能が欲しい場合にはEthos-U55を組み合わせることで、アプリケーションの書き換えなしにより高い性能が得られる、というシナリオである。

 この発表に合わせてArmはエンドポイントAI(Endpoint AI)という概念を発表した(図7)。これまでIoT(モノのインターネット)におけるAI処理は、クラウドあるいはせいぜいがエッジ止まりだったのを、今後はエンドポイントにも広げたいという戦略である。

図7 図7 「エッジAI」よりも末端側でAI処理を行うのが「エンドポイントAI」である(クリックで拡大)

 この領域は今のところまだ手付かずの、いわばブルーオーシャンであり、スマートフォン向けのレッドオーシャンとはちょっと様相が異なる。もちろんCEVAやVeriSiliconのように、MCUに向けたNPU IPを提供しているベンダーはあるし、ETA Computeのように「Cortex-M3」に独自のDSPベースNPUを搭載した製品の出荷を開始したベンダーもある。さらに言えば、このマーケットは小規模FPGAとも思いっきり競合するわけで、Lattice SemiconductorとかQuickLogicなどのソリューションともかなりぶつかる部分はあるが、スマートフォンと異なりこれから大きな伸びる可能性が高いだけに、今から手を打っておけば将来のマーケットが期待できるという側面はある。

 早くもNXPは、将来のMCU/Crossover MCU向けにEthos-U55に関してArmとパートナーシップを結ぶなど、MCUのマーケットでも一波乱ありそうな勢いである。

 気になるのは製品の投入時期である。Cortex-M55とEthos-U55の発表会で明らかにされたのは、Cortex-M55コアそのものはCortex-M33コアとほぼ同一のエリアサイズであるが、Heliumを実装するとこれが倍になるという事実だった。そして、Ethos-U55のエリアサイズは最小の32MAC構成でもCortex-M33と同じ程度というのだ。

 Ethos-U55の利用にはDSP拡張が必要なので、事実上Heliumの実装が必要になる。つまり、Cortex-M55+Ethos-U55という構成は、現行のCortex-M33の3倍ほどのエリアサイズになるわけだ。Ethos-U55を最大構成(256MAC)にすれば10倍になるだろう。こうなると、今のCortex-M33(55〜40nmプロセスで製造)と同じ製造プロセスではペイしないのは明白で、最小の32MAC構成なら28nmプロセスでなんとかなりそうだが、最大構成だと16/14/12nmあたりのFinFETプロセスを考慮しないといけないサイズになる。28nmは既に先端(主に自動車向け)MCUでは実用になっているが、まだメインストリーム向けは相対的に安い40nmプロセスあたりを使うことが多い。

 Armの言うエンドポイントAIを実現するためには、さらなる微細化が必要なわけで、このコストを正当化できるだけのアプリケーションが必要になる。いずれはMCUも28nmに移行するだろうとは広く考えられていたが、エンドポイントAIに向けたArmの戦略が、この28nmプロセスへの移行を早めることになるのかもしれない。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.