今も昔も安全航行の要! 富士通が挑む「見張りの完全自動化」船も「CASE」(4/4 ページ)

» 2020年02月25日 06時00分 公開
[長浜和也MONOist]
前のページへ 1|2|3|4       

3D CGの活用も

 富士通では、この取り組みにおいて教師データとして3D CGの活用にも取り組んでいる。撮影した画像だけでは、船舶が過度に接近した危険な状況や極端な悪天候における画像を収集できない。そこで、富士通では操船シミュレーターを開発している日本海洋科学から船舶の3D画像の提供を受けた。この3D CGを教師データとして船舶識別用AIのモデルを構築して、実際に撮影した画像から船舶を識別できるか検証している。

 野田氏によると、すでに富士通では予備実験で撮影した画像を教師データとして用いた船舶識別用のAIモデルを構築し、その精度を評価しているという。船側から多かった「遠方の船を識別したい」という要望には、遠距離にある船舶でも鮮明に撮影できる高精細光学カメラの画像が有効だったという。

 ただし、野田氏は3D CGだけを教師データとして使う考えはないとしている。「自動車の自動運転と同様に、3D CGで構築したAIモデルをベースに撮影した実画像を使って再学習(これを転移学習という)することでより識別精度を上げようと考えている」(野田氏)。この転移学習は2020年度に実施する予定だ。

 「3D CGと撮影した実画像では、光源の位置や質感が違う。また、陸側の背景と船舶の識別を学習するには実際に洋上で撮影した画像が必要になる。また、CGモデルが高密度だと細かい画像を表示できるが、細かければいいというものでもない。識別精度を上げるためには学習やAIモデルのパラメータ設定で細かさに加減も必要になる」(野田氏)

撮影が困難な「危険な場面」における船舶画像は3DCGをベースにする。ただし、実際の航海における識別精度を上げるためには自動車の自動運転システムと同様に実画像を使った再学習(転移学習)が必要になる(クリックして拡大) 出典:富士通

 陸上の背景と船舶の識別に、オブジェクトの変位量(陸上にある背景の動きと船舶の動きは方向と移動量が異なる)を比較する手法もある。ニューラルネットワークを用いたシステムでは取り入れているが、富士通が現在検証している方法では、演算処理能力の制約(船に搭載するシステムでは防塵防水、消費電力、設置面積など物理的な制約が多い)で連続したフレームの解析が難しく、現時点では静止画レベルでの比較になるとしている。

 また、夜間航海における船舶の識別に航海灯を用いる(筆者が夜間航海で操船した経験において、船舶を航海灯で認識できるので昼間より目標船舶の存在や針路の把握が容易と認識している)方法については、「画像だけでは航海灯による距離感の把握が難しいため、他の舶用機器の情報を加味する必要があるだろう。次の段階の研究テーマと考えている」(野田氏)という。

 2018年7月公開のFujitsu Journalでは、画像認識による船舶識別において識別精度の向上に苦労していることが述べられている。特に小型船舶と波の識別が難しいとしていたが、野田氏はこの2年間で「精度は向上した」と説明する。これは、画像から船舶の特徴点を抽出することで船舶の存在を識別し、特徴点を持たない部分は船舶として除外することで波の誤認識が減ったという。「船は船、波は波と識別して波を除外するという処理をしていたが、船の特徴点だけを学習し続けたら波の特徴点が相対的に低くなり誤認識が減った」(野田氏)

 併せて野田氏は、自動運航船における画像認識の精度は自動車の自動運転に使う画像識別ほどの高いレベルは必要ないという。「AIを何に使うかによって必要な識別精度は異なり、識別精度の向上は重要だが、それ以上に、IT技術に慣れていない船員でも確実に使いこなせるような分かりやすい情報提供が必要だ」(野田氏)

 なお、船舶画像認識研究で構築を目指している船舶識別AIは、汎用モデルではなく、ユーザーの要望に合わせて個別にモデルを構築することを想定している。そのため、ユーザーが望む識別に特化したAIモデルを構築するため、教師データでも特定の船を撮影した画像を多く収集する必要があると野田氏は説明している。

 また、周囲にいる船舶との衝突の可能性を知るには相手の速度と針路を知る必要がある。現在はAISやレーダー、測距儀から得た情報を用いるが、画像のみで判断するには撮影した船影から相手の船の向きを割り出す情報や船首や船尾で起きている波(これを引き波、ウェーキーと呼び)の形状から速度を知る情報を事前に得ておく必要がある(多くの場合、その船を建造した造船所や所有して運航している船会社が持っている)。

 しかし、野田氏は画像から相手の船の針路と速度を知るための研究に取り組んでいる事例があるとした上で、現時点では「船の向き、引き波の大きさ、船との位置関係、時間的な波の変化等をどのように教師データ化するかが課題であり、いろいろ検討している段階。やれないことはないと考えている」と述べている。

(次回へ続く)

→連載『船も「CASE」』バックナンバー

前のページへ 1|2|3|4       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.