ここで、筆者が「成功の鍵」として注目したいのは、航法誘導の精度の向上である。その成果が現れたのは、ターゲットマーカーを投下した5月30日の運用。第1回タッチダウンのときの投下精度は15mだったが、今回は3mと、かなり近い場所にターゲットマーカーを投下することができた。
ターゲットマーカーは、はやぶさ2がタッチダウンの際に目印として利用するもの。ピンポイントタッチダウンの精度には、ターゲットマーカーからの距離が大きく影響する。2回目のタッチダウン精度が向上したのは、要素として、ターゲットマーカーから近かったことがかなり大きい。
第1回タッチダウンの最終降下は、輪投げのように斜めに降下させていたが、第2回はターゲットマーカーが近いため、オフセット点からの垂直降下が可能となった。こういった点も、精度の向上に貢献している。
そして航法誘導の精度の良さは、光学系の問題もカバーした。前述のように、受光量が低下したため、ターゲットマーカーの捕捉高度を下げる必要があったのだが、そうすると視野が狭くなるので、より高い精度で探査機を誘導しなければならない。航法誘導の精度にまだ余裕があったから、これが可能となったわけだ。
やや意外に思われるかもしれないが、はやぶさ2の降下は完全な自律ではなく、地上からの支援を受けながら行われる。低高度の最終局面ではさすがに完全自律となるものの、ターゲットマーカーの捕捉高度までは、地上からの指示で水平方向の誘導を実施。この航法は「GCP-NAV(Ground Control Point Navigation)」と呼ばれている。
GCP-NAVではまず、地上のスタッフが専用のツールを使い、探査機から送られてきた小惑星の画像と、CGモデルを比較。小惑星の特徴点や輪郭を合わせこむことで、小惑星に対する相対位置を推定する。その推定結果を元に、目標とする軌道(参照軌道)になるよう、スラスターの噴射量を決め、コマンドで送る。
人間の画像認識能力は高い。GCP-NAVは、人間が得意なことは人間に任せるという、割り切った手法である。精度はコンピュータより下がるかもしれないが、データにノイズが混じっても人間なら総合的に判断し、安定した運用を実現できる。
はやぶさ初号機は当初、完全自律で降下させる予定だったが、小惑星イトカワの形状が予想外だったこともあり、うまくいかなかった。そこで急きょ、この手法を開発したという経緯がある。今ならディープラーニング技術も使えるかもしれないが、そこは挑戦せず、初号機で実績のある手法を採用した形だ。
5月のターゲットマーカー投下運用では、GCP-NAVでスラスターの噴射量を計算するときのパラメータを変更した。1回目のときは、水平方向の揺れ幅が収束しないまま降下していたのに対し、噴射を抑えるように調整したところ、何度も振動することなく、きれいに収束させることができた。
この結果、ターゲットマーカーをほぼ狙い通りの場所に落とすことに成功。この時点で、第2回タッチダウンの成否はほぼ決したといえるだろう。
はやぶさ初号機は、世界初の小惑星からのサンプルリターンを実現したが、後継機のはやぶさ2はさらに、マルチサンプリングと地下サンプリングまで達成した。JAXAは「宇宙探査の自在性を格段に上げる技術」と位置付けており、今後の探査プロジェクトでの活用が期待される。
マルチサンプリングでは、今回、砂塵によって光学系が曇ってしまうという問題が発生することが分かったわけだが、今後の計画での対策としては、例えばレンズにカバーを付けるような方法が考えられるとのこと。曇ってもカバーだけ捨てれば、またきれいに見えるようになるというわけだ。
リスクが大きなミッションは、これで全て完了。あとは、2019年末にリュウグウを出発し、2020年末に地球に帰還するのみとなった。
何度も大きなトラブルに見舞われ、“奇跡”とも呼ばれる帰還を果たした初号機は、映画化が相次ぐという、日本の宇宙開発史上、異例の盛り上がりを見せた。順調なはやぶさ2はもしかしたら映画にはならないかもしれないが、津田雄一プロジェクトマネージャが会見で述べた「きちんとできている技術はドラマにはならない」という発言は、筆者にはとても印象的だった。
ただ、個人的に水面下のドラマは見てみたいと思う。“奇跡”を不要にした過程には、きっと面白いエピソードが満載のはずだ。本連載でも引き続き、そういったことをお伝えしていきたい。
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