「VR=仮想現実感」は誤訳!? VRの定義、「製造業VR」の現状と課題製造業VR開発最前線(前編)(1/3 ページ)

製造業VR開発最前線 前編では、VRやAR、MRの概要、製造業向けVRの他の分野のVRとは異なる特徴、これまでの状況などを説明する。

» 2016年08月30日 10時00分 公開

 はじめまして、プロノハーツの早稲田です。「製造業VRエヴァンジェリスト」という、日本全国でまだ私1人ではないかと思われる肩書で「製造業VR」を広めるために活動しています。

 2015年にCADベンダー大手のPTCが携帯電話チップセットでよく知られているメーカー QualcommからARライブラリ「Vuforia」を買収し、これまでVR/ARの蚊帳の外であったCADデータの活用に、CADメーカー自体が乗り出す流れが出てきて、同じくCADベンダー大手であるオートデスクも「VRED」というCAD用のリアルタイムレンダリングシステムへのVR表示の搭載に着手したという状況があります。

 製造業VR開発最前線 前編では、まずVRやAR、MRの概要、製造業向けVRの他の分野のVRとは異なる特徴や、これまでの状況などを説明していきます。

VR、AR、MR……それぞれの定義

 「VR」はVirtual Realityの略で、「事実上の、実質的な現実感」という意味です。単なる虚構ではなく、「ある程度現実と同等の効果を有する」ことを指して用いられます。国内ではIT企業大手がコンピュータシステムのバーチャルメモリを「仮想メモリ」と訳してしまったために「仮想現実感」という訳語が普及してしまいましたが、これは明らかな誤りです。「仮想現実感」を再度英訳すると「Imaginal Reality=空想現実感」になり、この訳語が日本と海外で作られるVRコンテンツの傾向の違いにも影響を与えてしまっています。日本バーチャルリアリティ学会のWebサイトで「バーチャルリアリティ」の詳しい定義が確認できます。

 「AR」はAugmented Realityで「拡張現実感」の略、「MR」はMixed Realityで「複合現実感」の略です。定義は述べる人や企業によってさまざまですが、ARとMRの双方が存在する現状であえて両者の違いを説明するとすれば、ARは現実空間の視界に、文字や画像などの「現実空間を説明、補助する情報」を付加するもので、MRは現実空間に本来そこにはない仮想の3D情報を登場させ、なおかつ現実空間の3D形状情報をデプスセンサーやカメラの動きから取得して仮想の3D情報と相互作用させるものです。ARと称しているコンテンツでマーカーに合わせて3Dモデルが登場するようなものの中には限りなくMRの性質に近いものもありますし、MRはARを含んでいるともいえるでしょう。

製造業VR特有の特徴や導入のメリット

 製造業VRは、現在急速に拡大しているエンターテイメント分野のVRと異なり、きらめく光によるスペクタクル体験や襲い掛かってくるゾンビと戦うことが目的ではありません。美麗なテクスチャやきれいなライティングより、より多くの部品を原寸大で表示することが求められます。

 製造業VRは、金型で何十万個も製造する小さな樹脂部品を立体で見るという使い方ではあまり価値を発揮しません。何十万個も製造する製品は3Dプリンタで何個も試作を作って実際に見たり触ったりすればよいからです。

 製造業VRが最もその効果を発揮するのは、1つの図面や設計データから数台、あるいは1台だけしか作らないような受注生産の装置や、納品しない試作専用品を作ることは予算的に難しい大型工作機械、そもそも原寸試作の不可能な船舶、港湾クレーンなどのCADデータ段階での原寸のバーチャル検証です。この時に、3Dに慣れた技術者(3D CADを使用している設計者のような)以外の誰が見てもほぼ同じ立体に見えるVRは絶大な効果を発揮します。組み立て担当の人や、事業計画承認をする役員、取締役まで、まだ実物がない段階で、実物の大きさで見て、周りや中を歩きまわって確認することができるのです。

従来の製造業VRの利点と課題

 製造業向けVRシステムは、実は数年前から存在していました。最も有名なのはキヤノンITソリューションズの「MREAL」です。

 MREALはステレオカメラを使って手を撮影して3Dで奥行きを把握することで、CGと手をある程度正しい奥行き関係で描画することが可能で、すぐ近くにあるパイプの後ろに手を回り込ませたり、手前から掴んだりといった動作を正しく描画できます。

 こちらは登場当初5000万円くらいしたシステムで、現在も最低1000万円から、実用的な通常構成だと2000万円程度します。価格の変遷はヘッドマウントディスプレイ(HMD)の位置を追跡するモーションキャプチャーの単価の推移による要因が大きく、初期にはモーションキャプチャーが1台500万円くらいしていました。

 その他に、仏TechVizの「TechViz XL」のような、部屋の壁や床の4面、さらには天井を含めた5面を大きなスクリーンにして大きな実物大のモデルを映し出すCAVEやCABINといわれる形式のVRシステムもありました。この方式では、壁面いっぱいの大画面にVR映像を映せるため、一度に複数人で同じVR画面が見られます。ただし、こちらも1億円以上の導入費用がかかります。

 このような高価な製造業VRシステムの導入効果は確かにあり、それまでは不可能だった検証が可能になりました。しかし、多くの企業にとっては費用対効果比は十分とはいえず、大企業にも十分に普及が進んできませんでした。

 いずれも大規模な、部屋1つをそれ専用に改造する前提の据付型のシステムであり、操作は複雑で、また高価なため、導入した企業では専任の管理責任者を置いての運用になり、利用の際には数日前に申請書類を提出して……という煩雑な手続きを必要とする運用になる企業がほとんどであり、その煩雑さによってせっかくの高価な設備の利用率が低下する、という皮肉な状況も起きているようです。

 また、設計拠点が複数に分かれている大企業では、VRシステムが導入されている拠点に、別の拠点にいる技術者が行かなければならないという点が稼働率を下げる一因にもなっています。

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