渡辺氏はまず、理化学研究所の京とオープンソースの流体解析ソフトウェアOpenFOAMを組み合わせて使おうと考えた。OpenFOAMを選んだのはコストを抑えるためだ。検討の結果、ハードについては京に隣接する企業利用専門のFOCUSスパコンに落ち着いた。なおFOCUSは年度末に特に混雑するため、現在はセカンドリソースとして東工大のTSUBAMEも利用している。
立ち上げの調査や勉強には、日本機械学会分科会への参加や社外の解析技術者との交流など、社外での活動が役に立ったという。「分科会では、最先端の大規模の研究に取り組んでいるような先生が気さくに質問に答えたりしてくれました。おかげで遠い存在だったスパコンを使えそうだという感触を得ました」(渡辺氏)。社内でもスパコン技術の立ち上げに積極的で、立ち上げ計画を提案したところ、すんなりと実施が決まったそうだ。
現在スパコンによる解析は、ある程度形状が固まっている詳細設計の段階で実施している。例えば各流路のサイズやピエゾの駆動パルスを変えた場合に、吐出速度などに影響があるかなどを調べるために使用している。
シアモード方式においてピエゾ素子は図6のように変形する。
ピエゾのウエハーに溝が切ってあり、電圧をかけることによって、インクが充填された空間の左右の壁がたわみ、インクが吐出される。インクのしっぽは伸びてちぎれると、紙に散らばってサテライトと呼ばれる点になってしまい、印刷品質が悪化する。そのためサテライトを捉えられるくらいの高解像度のメッシュが必要になる。
図7は、左と右でピエゾに掛ける電圧の時間長さを変化させて比較したものだ。
カラーはスパコンによるシミュレーション、白黒の画像は実際の実験画像になる。「インクの吐出は、引いたり押したりすると容積が変化して押し出されるという単純な現象ではありません。共振のような波の現象を捉える必要があります」(渡辺氏)。ピエゾに電圧をかけた瞬間、圧力波(粗密波)が生じる。その波は流路内に広がって壁や段差で跳ね返ってくる。そのタイミングに合わせてインクを再び押してやると、吐出されたインクはさらに加速される。電圧を切ると壁は真っすぐに戻るが、そのタイミングを圧力波が戻ってくるときに合わせると、液滴をうまく加速することが可能だ。これがずれると吐出速度が遅くなる場合などある。圧力波は、水中であれば毎秒1500メートルほどの速さで進むが、インクの種類が変われば速度も変化するため、その都度検証が必要だという。
インクが2滴連続で吐出される様子をシミュレーションした結果が図8だ。
インクは一度に1滴から7滴を吐出して、対象物への着弾前に一体化させる。滴数を変化させることによって、繊細な階調を作ることが可能だ。図では2滴が吐出されているが、2滴目では圧力波のタイミングを合わせることによって吐出速度を加速させ、1滴目と合体させることに成功している。
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