MRJはいかにして設計されたのかCAE最前線―MRJ事例に見る航空機設計でのシミュレーション活用(2/4 ページ)

» 2014年07月07日 10時00分 公開
[加藤まどみMONOist]

CAEソフトの性能向上で多目的最適化が可能に

 「航空機の設計において一番重要なのは、トレードオフの概念」だと大林氏は言う(図3)。例えば燃費を下げるためには機体を軽くするという方法が考えられる。だがそうすると機体強度を犠牲にしてしまう可能性がある。一方、離陸して空を安定して飛び続けるためには、あらゆる面で性能を高める必要がある。そのため空力性能や推進性能、強度維持や制御系統など複数の性能を追求しながら、どれが優先されるかを考え、目的にあったバランスのよい機体を作り上げる必要がある。

photo 図3 航空機の設計におけるトレードオフ。飛行機は翼だけ、エンジンだけ、頑丈さだけで飛ぶことはできない

 従来は最適な設計を決めるための指標に「最大離陸重量」を用いていたという。これは機体、燃料、ペイロード(積み荷)の重量を足し合わせたものだ。この指標には、機体の軽さやエンジン効率の良さ、空気抵抗の低さなど、飛行機の諸性能が集約される。そのため最大離陸重量が定式化されれば、その値を最小にする設計がよい設計だと言うことができる。そのため、最大離陸重量をどのように定式化するかということが研究されてきた。ただその定式化に、うまくトレードオフの考え方が盛り込まれているわけではないことが問題だった。

 そこで大林氏らが導入した技術がコンピュータ・シミュレーションを使った多目的最適化だ。設計における最適化とは、コンピュータを使い、設計のパラメータを変化させて、その都度、目的の性能をシミュレーションし、目的を一番満たすような設計を導き出すことである。目的は例えば空気抵抗の最小化や重量の最小化、強度の確保などになる。これらの目的を数式で表したものは目的関数と呼ばれ、設計変数の関数となる。複雑な計算を何度も繰り返すため、コンピュータとCAEソフトの性能の向上によって可能になった手法といえる。多目的最適化ではほとんどの場合、目的関数同士がトレードオフの関係にあるため、求める解は1つにはならない。そのため多目的最適化を解くということは、図4のように解集合(パレート最適解)を求めるということになる。

photo 図4 多目的最適化によって目的関数を無理に1つにまとめることなく設計に必要な条件を導くことができる

生物進化のアルゴリズムを初めて航空機に採用

 多目的最適化を解くために、さまざまなアルゴリズムが研究、実用化されている。大林氏らが採用したのが、生物進化を模倣した遺伝的アルゴリズムだ。多目的最適化向けの遺伝的アルゴリズムは、多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA:multi-objective genetic algorithm)と呼ばれる。MRJは実際の航空機設計にMOGAを適用した初めての例になるという。

 MOGAでは設計変数を遺伝子情報に、ある設計変数を持つ設計を個体に見立てる(図5)。そして設計変数の異なる複数の個体を用意し、その時点の集団の中で一番環境に適合した(パレート最適解になる)個体が親になりやすいというルールを設定する。

photo 図5 遺伝的アルゴリズムは生物進化を模倣する。設計変数を遺伝子として、選択、交叉、突然変異などを繰り返す

 続いて個体同士を組み合わせて一部の設計変数を交換し(交叉)、また突然変異を導入することによって、子(次の世代の設計変数の組)を作る。これを再び評価して親を選び交叉というサイクルを繰り返す。こうして指定した環境に適するように集団が進化していくと、パレート最適解が求められるというわけだ(図6)。突然変異の導入により、初期に設定した集団から離れた箇所にある解集団も求められるのが大きな特徴だ。また遺伝的アルゴリズムは同時並行で解を探索できるため、コンピュータのリソースを効率よく使うのにも適している。

photo 図6 多目的遺伝的アルゴリズムによってパレート最適解へと近づいていく

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