産業用コンピュータ主流の時代を打ち破ったのが、PCの世界を大きく広げた“ウィンテル”です。
まずCPUでは、インテルをはじめとしたX86勢が圧倒的なスピードで、性能を高めてきました。モトローラの68000、その後のPowerPCやMIPSにも圧倒的な差をつけ、結果としてハードウェアとしてのPCの性能がワークステーションを追い越す状況になりました。
OSでもWindows NTが登場し、ワークステーションと肩を並べる信頼性を実現できるようになりました。「Windowsワークステーション」という表現が定着する頃から、SEたちも前向きにPCに取り組むようになってきました。それまではPCを使うメリットは「N88ベーシックが走るから」くらいにしか考えられていませんでしたが、その様相は変わってきました。これらの流れに合わせて、かつてのFC-98シリーズと同じように汎用PCをベースとし改良した産業用PCも各メーカーから登場してくるようになりました。
また、PC用マザーボードと互換性のある「ATX」や「ITX」仕様のボードや各種サイズの組み込み用ボードが数多く販売されるようになり、これらのボードとともに、OSを載せたストレージを筐体に入れて自作の産業用PCとして使われるケースも多く見られるようになりました。特に台湾製マザーボードは驚くほど安価で日本に持ち込まれ産業用途に使われるようになり、それまでの「産業用ハードウェアは高い」というイメージを変えました。
一方、組み込み型のボードコンピュータでも、性能が高いインテル系CPUが注目され、モトローラ系アーキテクチャを基準としたVMEの製品は次第に使われなくなってきました。そして、PCI busを基準にしたラックマウント型ボードコンピュータ規格「Compact PCI」の登場により、その流れには一層の拍車が掛かります。
こうしていつの間にかPCアーキテクチャのWindowsベース製品が産業用コンピュータの主流となったのです。
一方で、従来型の産業用コンピュータはPLCに侵食されるようになります。かつて、FA(ファクトリー・オートメーション)やPA(プロセス・オートメーション)分野では、制御を「VME+リアルタイムOS」で行うケースが主流でした。
しかし制御プログラムをより簡単に開発できる専用機器であるPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)の普及が進んできます。PLCはリレー回路の代替として開発された制御装置で、機器制御を主目的とした専用機器です。
PLCはVME製品と比較して、安価で処理速度が速いという特徴があります。またWindowsベースの開発ツールも安く(販売戦略上無料とするケースもあった)、OSのライセンス料金も掛かりません。つまり高額の初期投資の必要もなく、ランニングコストが安いということになります。
メーカーのサービス体制も万全で、現場でトラブルが起こってもすぐにサービスマンがやってきます。また専用ツールのトレーニングも実施してくれます。やれ「ハードウェアだ、OSだ、アプリだ」といって提供元をたらい回しにされる悲劇から解放された開発者たちは、もう何でもPLCをベースに考えるようになっています。そのため今では制御分野で使われていた産業用コンピュータの過半数はPLCに置き換わったのではないでしょうか。
では現在の産業用コンピュータは全て産業用PC(パネル型も含めて)なのかというとそうではありません。シングルボードコンピュータは脈々と生き続けています。シングルボードコンピュータの世界は、マイコンの時代から幾つかの変遷を遂げ、現在ではCPUにARMを搭載したものが大半となっています。使われているOSは多彩で、各種リアルタイムOSやLinux、Android、Windows Embedded Compactなど、さまざまなものが使われています。
簡単な制御からデータ処理、HMIの部分までできるので、PLCと表示器を使うよりコスト面、スペース面で有利な場合もあり、PLCとも、産業用PCとも住み分けができている領域だといえるでしょう。つまり現在の産業用コンピュータは「ARMベースのシングルボードコンピュータ」と「産業用PCとその仲間」の2つの姿で存在しているといえます。
(後編に続く)
製造現場を取り巻く環境は、急速に変化している。IoT活用の世界的な動きが高まる中、かつてのようなクローズドなものから、標準かつオープンな環境へと移行が進む。インダストリー4.0などのような製造現場全体を最適化するための仕組み作りが求められる中、注目度を高めているのが「産業用PC」である。特集ページでは「産業用PC」に焦点を当て、最新動向、製品ニュースなどをお届けする。
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