東京コイルエンジニアリングはデジタルカメラ、携帯電話のストロボ用のトリガーコイルや液晶テレビ用のインバーター用トランス、DVDレコーダ用のチョークコイルなど非常に微細な部品を製造しています。
創業は1983年、当時から韓国・釜山に生産展開を目指すなど、非常に海外展開志向が強かったといえます。実際、1990年にタイに工場設立、1995年に中国に合弁会社設立、1999年にラオスに工場設立を設立しています。現在、タイには700人、ラオスには800人、そして中国には二工場合計2460人の従業員が業務に従事し、営業活動の基盤は香港に置いています。
八王子本社の人員は56人と一見、小規模なのですが、全世界で4000人以上の人員を誇っているのです。その上で、日本の大手電機、精密機器の企業だけでなく、米国系や韓国系、台湾系のグローバル企業に部品を供給しているのです。
同社のコア技術の1つは、その微細な加工技術にあります。実際、顧客からは
「こんなに小さくて/細かくても大丈夫なのか」
と逆に尋ねられるほどの微細な部品を手掛けています。
そのために、同社は海外生産展開を積極的に推進している一方で、八王子市の本社にはCAD/CAMなどの設計機能だけでなく、品質管理のための十分な機能を残しています。
例えば、コイルの品質検査のためのオシロスコープを何台も保有し、高度な測定・解析技術による絶対的な品質管理を実施しています。こうした国内の機能が八王子発のグローバルなモノづくりを可能にしているといえるでしょう。
「分析技術者の意識改革のために」
システム・インスツルメンツ(1972年創業、従業員45人)は医療臨床検査・科学分析装置の開発・製造・販売を手掛ける企業です。現会長・創業者の菅澤清孝氏は大手分析機器企業で技術者として開発に従事していたものの、29歳のときに独立を志向し、同社を創業しました。
その後数年間は設計のアルバイトで糊口(ここう)をしのぎながら、新たな分析機器の開発に傾注することで、石油化学用のクロマトグラフィーの分析・データ処理装置を開発するのです。これは「データの波形をマイクロコンピュータやPCで解析する」という点に特徴がある製品でした。当時の分析機器はデータの波形は導出するものの、その分析は分析技術者の経験や勘、ノウハウに委ねられていました。同社の分析機器はその部分を自動装置化したものだったのです。ところがこの製品、業界の一部の反発を受けてしまいます。
その当時を述懐して、現会長は、
「分析技術者の意識改革のために全国を回った」
と述べています。
その後も、業界の大手企業と競争するために数年おきに新製品を開発し、市場に投入し、1981年には米国に輸出を開始します。最盛期には生産台数の4分の3近くが輸出を占めるまでに至りました。
ところが、1987年には取引先である大手米国企業から翼下に入ることを強要され、要求を断ったことから、輸出が急速に減少。バブル崩壊も相まって、経営転換の必要性に迫られたのでした。
そのため、第2創業を志向します。当時の工業技術院(現在の産業技術総合研究所)との共同研究を皮切りに、産学連携を展開していったのです。今まで培った分析ノウハウを活用し、医療分野の分析機器を手掛けていったのです。
こうした中で、システム・インスツルメンツは2009年に東京都中小企業振興公社の公募に応募します。同社は東京都老人総合研究所の研究成果に着目し、その事業化を企図したのでした。その分野とは「介護予防」、すなわち、高齢者運動トレーニングです。
それまで、介護予防のための運動トレーニングの現場には、
「個々の高齢者の条件から、どのくらいの負荷でトレーニングさせるのが最適なのか」
「そのためには、高齢者のトレーニングのデータを厳密に測定し、解析する必要がある」
とった考え方が理論的に分かっていても、実際の介護予防運動を行う現場では煩わしく面倒であり、一定時間内に多数の高齢者個々に対して行うことは不可能でした。限定的にしか根付いておらず、そのための機器もほとんど整備されていないというのが現状でした。言葉を換えれば、介護予防の機能訓練を行う方々は経験やノウハウ、勘に依拠する部分が大きかったのです。
一方、システム・インスツルメンツは東京都老人総合研究所の研究蓄積を活用し、「介護予防自動筋力トレーニングシステム・リハトレーナー」を開発しました。この製品は厳密な定量性が確保されながら、負荷が掛かる機構になっています。
また、膝の上げ下げを円運動として捉え、どのくらいの負荷が掛かったときに、膝がどのくらい動いたか、といったことも厳密に測定できます。併せて、管理ソフトも開発し、「いつどこで誰が使用しても、同じ基準で測定されている」データを収集し、使用者個人のデータベースを構築することも可能にしています。
なお、リハトレーナーを開発した当初は、さまざまな医療機関や福祉組織に売り込みにいってもなしのつぶてだったとのことです。そのため、販路開拓のために、リハビリ型デイサービスの開業を支援する別会社「サロンオールディーズ」を設立します。介護予防ビジネスに興味を持つ方にリハトレーナーを販売して、事業ノウハウを提供し、開業支援するというビジネス展開により、1年間に北は仙台、南は九州まで30施設を設立したのでした。
現在では日赤広尾のデイケアセンターでも使用されています。また、直営店も開業し、そこで獲得したデータを基盤にさらなる事業展開も企図しています。その結果、今では売り上げの15%を占めるまでにいたっています。
なぜ、こうしたニュービジネスを創造し、成功させることができたのでしょうか。かつて、現会長は
「日本が戦争で敗北したのは『物性』を測定できなかったからだ」
という言葉に衝撃を受け、前職の分析機器企業に入社し、「測定」の塊でもあるNMR(核磁気共鳴)の検出感度向上の研究開発に従事しました。また、創業した際は、旧態依然たる分析業界に風穴を開けようと試行錯誤もしています。前者はリハトレーナーの技術の核に、後者はそのビジネス展開の基盤になったのでした。まさに、事業継続の歴史の延長線上に新たなビジネスを生み出したのだといえるでしょう。
以上、八王子の中小企業3社の事例を見ました。それぞれ「高度な試作・開発」、「海外展開」「ニュービジネスの創造」といった異なる方法で、経営環境の変化に対応しているように見えます。ところが、その背景には幾つもの共通点があります。
本稿で示したような、職人の経験と勘によらない「測定・解析」能力がまずその1つとして挙げられるでしょう。加えて、それまでの事業の沿革の中に次につながる幾つもの種がまかれていることも理解できます。次回もこうした点を中心に多摩地域のモノづくり中小企業を見ていきたいと思います。
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