「せっかく戦略を立てたのに一向に実現しないじゃないか!?」という悩みは多くの企業が抱えている問題。それは戦術に失敗しているからなのです。
第一部連載「S&OPプロセス導入 現場の本音とヒント」では、いま製造業の現場で各部門が抱えている悩みと、解決の糸口を得るまでを紹介してきました。今回からスタートする第二部「リサーチペーパーでひもとくS&OP」では、第一部の課題を解決すべく、各部門の視点から見たS&OPプロセスの意味、効果を検討していきます。以降、本編はリサーチペーパーの形式で紹介していきます。
S&OP-Japan研究会メンバーが創作した100%フィクションの物語と、各分野の専門家、現場のプロの解説によって構成されています。連載に登場する人物は解説で言及するものを除き、特定の個人・企業・団体に関係するものではありません。
戦略は立てたものの一向に実現しないなど、戦略の実行が重要なテーマとして取り上げられる機会が増えています。
今回は、戦略と業務をS&OPによってうまく連携させる方法について取り上げた、S&OP専門組織によるリサーチペーパーをSさんOさんと一緒に見ていくことにしましょう。
グローバルでの競争激化、新興国への市場参入や震災といった各種リスクへの対応など、昨今の企業環境の急激な変化により、事業の見直し・縮小や大幅な生産拠点の再配置が頻繁に行われるようになりました。
このような事業の転換の多くは、経営トップの方針判断によるものです。その意味では、事業戦略の優劣こそが、企業の存続・成長には重要であるということになるのでしょうか?
一方で、こんな声も聞こえてきます。
事業悪化が早くから懸念されていたのに、経営側の認識や勢いのまま事業を進めてしまった!(懸念した通りの結果になった)
業務間での利害関係調整を優先してしまい、大局的な経営判断が遅れてしまった!(結果として後手に回ってしまった)
こうした状況を起こさないためには、戦略の見直しと同時に、次のような事業戦略の実行=戦術が重要となってきています。
ただし、事業戦略の実行には、戦略を策定する「経営」側と、事業戦略を実行する「業務」側との事業活動上の連携が成功のカギとなるように思われます。
そこで、今回は「経営と業務との連携」をテーマに次の点を見ていきます。
(1)企業において「経営と業務との連携」は上手く図れているのか? 連携できていないとすると、なぜ両者のギャップが発生しているのか?
(2)経営と業務とのギャップを埋めるためには、どのような取り組みが必要か?
日本の製造業が今後グローバルな競争に勝ち抜くためには、海外企業と戦えるだけのコスト競争力の確保が必要となっています。また、成長が見込まれる新興国市場への進出を果たすためには、市場参入に向けたスピードが求められます。
既に、海外の企業では、新興国の圧倒的なコストパフォーマンスを活用するとともに、製品のモジュール化を推進し、抜本的なコスト削減、製品の早期リリースを可能としています。日本企業でも、海外企業の競争力に対抗するための取り組みが企業グループ全体で始まっています。例えば次のようなものが挙げられるでしょう。
標準化 海外拠点を含めた企業グループ内の調達先の集約や、製品を超えた部品の共通化
全体最適化 進出する新興国の市場の動向や地理的な環境に合わせ、最も効率的な調達先の選定や製造流通拠点の構築、ネットワーク化
しかし、進出する拠点ごとに、調達・生産・販売などの基幹業務のプロセスやITシステムをバラバラに構築してしまうことが多いのが実際です。これが、企業グループ内の標準化を阻む原因の1つとなっています。
加えて、企業グループ内のガバナンスが徹底されておらず、コーポレートの意思がグループ企業内で的確に展開されない場合、企業グループ内の全体最適化を進めることは困難です。
こうした状況を克服するには、経営トップやミドルマネジメントが、それぞれの役割で的確な組織運営を行うことが重要なのです。さらに、組織運営の基盤であるマネジメントシステム(注)の構築も必要です。
ただし、現状のマネジメントシステムには幾つかの問題点があり、経営と業務のギャップを生む大きな原因となっているのです。
(注)マネジメントシステム 企業などの組織において、方針や目標を設定し、その達成に向けた取り組みを行うための仕組み(体制、プロセス、ルールなど)。
企業内では、目的に応じてさまざまなマネジメントシステムが働いています。ここでは、事業運営を目的としたマネジメントシステムについて、経営と業務の立場に分けて、それぞれの性質を見てみます。
立場 | 経営 | 業務 |
---|---|---|
内容 | 戦略マネジメントシステム | 業務マネジメントシステム |
目的 | ・中長期の戦略や戦略実行計画の策定、および見直し ・戦略を実現するための戦略施策の決定、進捗管理と見直し |
・単年度ベースで策定された事業計画の達成状況の評価 ・業績や予算の達成状況をレビュー、経営トップへの報告 |
責任者 | 経営トップ | 事業部門のミドルマネジメント |
報告/レビュー周期 | 四半期もしくは半期 | 月次 |
表1 経営と業務のマネジメントシステム |
経営と業務とのマネジメントシステムが機能していれば、何も問題は起きないように思えますが、今回のテーマである「戦略(経営)と戦術(業務)との連携」という点では、次の問題点が生じます。
戦略からは企業活動の大半を占める日常の活動が見えない 事業戦略を展開するための戦略施策は、その多くが革新的なものであり、企業活動全体からみるとごく一部であるにもかかわらず「特別な」新しい取り組みに光が当てられます。逆に、企業活動の大部分を占めている「日常の」業務運営は、戦略施策の「特別な」取組みだけでカバーすることはできません。戦略のマネジメントシステムだけでは、企業全体の動きを把握することは困難です。
日常業務はトップ不在で課題解決が進む 「日常の」業務において発生する課題は、業務マネジメントシステムの場で共有・検討されます。こうした検討は、基本的には経営トップ不在の中で議論されます。
そのため、業務上の課題が経営判断に有益な情報であったとしても、的確に戦略マネジメントシステム側に伝えられない恐れがあります。
とはいえ、経営トップが業務マネジメントに深く関与するのは、経営トップの限られた時間の中では現実的ではありません。
戦略マネジメントのレビュースパンと業務マネジメントのレビューのかい離 戦略マネジメントシステムで行うレビューは、通常、四半期もしくは半期に一度のペースで行われます。しかし、こうした周期では、冒頭に述べたような環境変化や事業構造の変化のスピードに、企業が耐えられなくなってきています。
しかし、月次で行う業務マネジメントシステムの業務報告は、事業年度の業績達成を目的としていますから、戦略についての評価や見直しが十分に行われることはありません。
以上をみると分かるように、戦略マネジメントシステムだけでは日常の戦術との間にあるギャップを埋めることができないという問題があるのです。
こうした課題を克服するために、戦略の実行面(戦術)に焦点を当て、戦略と(戦術(業務)との橋渡しをする「戦術マネジメント」が注目されようになってきました。
特に製造業では、戦略マネジメントにバランス・スコアカード(BSC)を、戦術マネジメントにS&OPを利用し、両者を連携させることで、戦略と戦術の連携を図ろうとする動きが出てきています。
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