「一番辛いのは、なかなかプログラムができないとき、かなぁ……。実験の仕方が誤りなのか、プログラムの誤りなのか、はたまた理論そのものが誤りなのか……どれが悪いのか、当然、パッとは分かりません。これを探し出すのは本当にしんどい作業です。やっているうちに、どこを信じたらいいのか分からなくなってきます。そんな中、解がぴったりと合う瞬間は、感動して涙が出るほどですよ」(岡田氏)。
こんな苦労もあったと岡田氏はいう。「1つプログラムを作ると、それを使った計算も頼まれることがよくありました。プログラムを作るのは楽しいけど、計算を頼まれるのはちょっと……。しかも、あまりにたくさん頼まれるものですから、心底うんざりしました」
このままでは、本来のプログラム開発に専念できなくなってしまう!
そこで岡田氏は、とにかく設計者たちに操作方法を教えていき、ソフト側でも出来る限り難解さを取り除き、直感的に操作できるようにしていった。同社内での解析ソフトウェアの普及は、パソコンの普及の後押しが大きかったという。UNIX時代のCUIベースな操作より、WindowsなどのGUIベースな操作の方が断然分かりやすい。
社内の設計者ユーザーが増えたことで、解析を頼まれることはだいぶ減っていったという。「ただ、緊急度の高い解析はいまでも手伝っていますけどね……。こちらでプログラムを新たに作るときにも、実験に協力してもらったりしていますし」(岡田氏)。持ちつ持たれつの関係というわけだ。
26年前、岡田氏1人きりでスタートした開発だったが、年を経ていくにつれ同氏とともに解析プログラミングに励む仲間が増えていった。現在の開発メンバーは、その半数がユーザーインターフェース(UI)の開発に専念している。「有限要素法のプログラムは難しいものですが、理論はすでに出来上がったものです。一方UIは、さまざまな可能性やアイデアがあって、固定された理論は当然ありませんし」(岡田氏)。
私も、だんだんマネジメントの仕事が主体になってきました。つまり、自分でプログラムを書く機会がなくなってしまうんです。しかし、それでも書きたいんです! だから、プログラムの仕事を家に持ち帰ってやっちゃう。そんな生活を続けていたら、ちょっと家の中が気まずくなりまして……24時間働いていたからなぁ。ここだけの話、これは本当に辛かったんですよ。ここを読んでいる皆さんには「どうか仕事もほどほどに、家庭も大事にしてや」っていいたいですね(苦笑)
ただ、この信念と熱意があったからこそ、市販化が実現したともいえる。
その後、社内で事務用コンピュータと技術用コンピュータを管理する部門が統合され、技術コンピュータを管理する業務から開放されたお陰で、幸いにして岡田氏は再び、通常の業務中にプログラムを書くことができるようになった。現在の同氏は、Femtetのメッシュを切るプログラムを担当している。
1980年代後半の国内では、メーカー各社はどこも自社製の解析ソフトソフトウェアを作ろうと躍起になっていて、研究発表も頻繁にあったという。「ちょうどワークステーションが登場した頃です。DEC(ディジタル・イクイップメント)とかSUN(サン・マイクロシステムズ)とか……」(岡田氏)。ワークステーションの登場が、解析ソフトウェアの開発ブームの火付け役となった。
しかしメーカーの間でそんなフィーバーが続いたのは、数年程度だった。1990年後半になると、メーカーの間での解析ソフト開発ブームは、もうかなり下火になっていたという。現在のメーカー各社では、ソフトウェアベンダが開発するソフトウェアを単に使っているケースが断然多いという。
岡田氏は、その理由についてこう語る。「解析ソフトは、開発コストがたくさん掛かります。そのうえ技術者は、『すごいソフトを作るぞ!』と張り切りすぎて、数学的な解析理論だけを追求してしまう傾向がどうもあります。いってしまえば、“独りよがり”。だから開発コストばっかりかさみ、その割にあまり使われないソフトを作っていてしまうんですね……。だから、いつの間にかどこの会社さんもみんな開発をやめてしまったのではないかと思います」
一方、同社は他社とまったく違う戦略を取っていた。つまり技術者の中で「凝らない」ことを徹底していった。技術屋の独りよがりを捨て、多くのユーザーが共通で使う機能だけに開発を集中させた。
「とにかく、皆さんにどう使ってもらうかが一番大事。使ってもらっている人たちに地道なヒアリングを繰り返し、改善を重ねました。なかなかの顧客志向でしょ? だから、今日までFemtetが生き残ってきたと思っています」(岡田氏)。ユーザーが常に開発者の側に居るのは同社の強みだ。
「解析ソフトって、見掛けるのはだいたい海外製品ですよね。少しだけ、国内製もありますけど……」(岡田氏)。そもそも解析ソフトウェア以前に、OS自体が海外製だ。「日本で開発しているパッケージソフトの多くは、日本でしか使われていません。まあ、例外はゲームソフトや組み込み系のソフトぐらいですかね……」(岡田氏)。
日本産の解析ソフトウェアがうまく育っていないのはなぜなのだろうか?
「例えば米国だと解析ソフトは、その多くが大学の研究機関から生まれています。米国のような大学発ベンチャーが育つ風土が日本にはないことがその原因かもしれません」と岡田氏はその理由について語る。
岡田氏は自身の仕事に対する2つの目標がある。1つは日本発のパッケージソフト(“日の丸CAE”)を世界に向けて発信していくこと。2つ目は解析ソフトウェアの普及。「たいていの解析ソフトは、高いし難しい。だからうまく普及しないんです」(岡田氏)。
同社のソフトウェアでは、値段が安いこと、使いやすいことで勝負していくとのことだ。また世界で広めていくためには、ソフトウェアに出来る限り独自性を出していくことが大事だと岡田氏はいう。「機能が盛りだくさんになると、とにかく使いづらくなります。この感覚は世界共通だと思いますから、欲張らず、本当に必要なものだけを絞り込んでいきます」(岡田氏)。
外販を始めてからのユーザーからは流体解析のリクエストが非常に多いという。社内で使っていたときにはあまりなかったリクエストだとのことだ。
「現在のFemtetは線形解析専門です。押す力を倍にすれば、変形も2倍になる世界、つまり比例するってことですね。それが、流体解析は非線形です。その部分に力を入れようとするとなると、新たに人を投入しないといけません。作れるだけの技術を持つ人はすでにいるのですが、単純に人手が足りないんですよ」(岡田氏)。だからといって、決して優先順位が低いわけではない。「お客さまが求めているからには、実装しなければいけませんよ」(岡田氏)。
「でも、他社さんのように真正面から取り組めば、コストが掛かって仕方ないです。ですからいままでの常識を覆すような理論で流体解析機能の開発をしたいと思っています。今年中の実装が目標です!」と岡田氏は意気込む。
Femtetが世の中に出てから、まだ1年強。知名度はまだ低い。そして、国内のソフトウェアメーカーたちが苦戦してきた世界の壁は、高い。“日の丸CAE”は、やがて国内外でどのような展開を見せてくれるだろうか。もちろん同社のソフトウェアに限らず、多くの日本産ソフトウェアが世界で活躍する日がくることを願ってやまない。
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