トヨタ自動車は1月25日の時点で09年度の生産台数を約20%減産すると発表しました。非常に荒っぽい理解ですが、日本を代表する製造業であるトヨタ自動車が20%の生産減であるということは、「ニッポン株式会社」全体が20%の減産と大まかに捉えられます。
新聞各紙でも報じられている通り、3月末くらいから蒸発した売上が少しずつ姿を現し、確実に受注が戻りつつあります。そして、5月に入ると、回復のペースは早くなり、再び現場に問題が生じています。
80%受注であっても作りきれず、対応する能力がないという大きな問題が浮上しているのです。
開発工程であれ、製造工程であれ分業を前提とした業務は順序依存性という従属性で繋がっています、たとえ一工程でも省略することはできませんから、ボトルネック工程の能力以上は出荷できず、せっかくの回復需要を逸し顧客を失うというさらなる悪循環が日本企業を襲っているのです。
このドタバタはいったい何なのでしょうか? 蒸発する売り上げに対応するせいいっぱいの施策が、派遣社員を削減したり、あらゆるコストを切りつめるということでした。しかし、一般的に派遣社員のコストは正社員の2分の1といわれています。
製造直接人員の10%に相当する派遣社員をすべて解雇したとしても、直接労務費は5%の削減にしかなりません。さらに、今日一般的な製造業では、総原価に占める直接労務費の割合は20%を下回っていますから「20%×5%=1%」です。
たった1%の経費削減のために、世の中からあれだけ叩かれ、生産能力が半減するような施策が、果たして正しかったかどうかはよく考える必要があります。
さて、このように、人員が不足している状況下で、1人ひとりが持ち場で頑張る「個別最適」が増殖しています。これまでのTOC連載でも繰り返しお話ししてきたように、企業が生き残るためには、「売上」「原価」「経費」と分断された指標を追いかけてはいけません。
冒頭で話題にしたトップ年頭訓辞の「一致団結」も「1人ひとりが持ち場で頑張る」のと「皆で方向性を共有して頑張る」のではその行動は180度違う性質のものです。いま、現場で起きている問題の根本には、まさにそれぞれがその持ち場で頑張る「個別最適」方式の結果といえます。
前田勝之助・東レ名誉会長は「派遣切り」など大量首切りに対して「人間は道具でもないし部品でもない」「雇用の問題は国の責任だと思っている大企業の経営者がいたら、ビンタですよ」と指摘しています(注)。そして「製造業というのは、そこで働く人が非常に多い。だからこそ、社員が安心して進めるようベクトルを合わせなければならない。 ベクトルを合わせることができれば、みんなが一致協力してついてくる。1人の百歩より百人の1歩です。みんながベクトルを合わせて総合力を発揮することが、危機に際して力を発揮することになるのです」と指摘しています。
前田氏のいう「ベクトルを合わせる」とはどういうことでしょうか?
注:「派遣をクビにする大企業はけしからん!」/経営塾発行『月刊BOSS』、2009年3月号
企業の大原則は優先度の高い順に次の3つが挙げられます。
「ベクトルを合わせる」とは、この順番を再度認識しなければならないのです。
私がどう行動するか知りたければ、どう評価するか教えてください
この言葉は、ゴールドラット博士の著書『ゴールドラット博士のコストに縛られるな』(注)に繰り返し出てくるゴールドラット博士の主張です。
注:エリヤフ・ゴールドラット著/三本木亮訳/村上悟監修、ダイヤモンド社(2005年)、ISBN:978-4478420522。原題は『ヘイスタック・シンドローム』。
人間というものは「評価によって行動を変える、生き物である」というのがTOCの基本的な認識であり、TOCはあくまで性善説に基づき人間をとらえます。ゴールドラット博士は続けます。
これまで皆さんは決してさぼってきたわけでも、会社に損失を与えようと意図的に行動してきたわけではありません。ただ会社のために、評価されようと一生懸命仕事をしてこられた、それだけなのです
もしもこの間違った、ねじれた評価指標が存在していた場合、どういう影響が出るか、考えてみてください。誤った方向に大きく舵を切り「全速前進」ということになってしまったのです。
間違った評価指標に翻弄されるのは、従業員だけではありません。経営者も四半期決算への対応など短期業績のへのプレッシャーにさらされていますから、業績を少しでもよく見せるためにありとあらゆる手段を講じなければならないのです。
しかし短期的に業績を回復させるために行われた意志決定の結果、現場の至るところにボトルネックが出現し、生産能力を低下させという大変深刻な副作用に苦しんでいるのです。
経営の全体最適化を実現するためには、企業の仕組みや方針というものは、相互に強く関連しあっていることを知りつつ、どこを変えれば最小の努力で最大の成果を得ることができるかを慎重に測ることが重要です。要するに「原因」と「結果」を慎重に見極めなくてはいけないのです。
TOCは、ともすれば部分最適化に陥りやすい企業活動において全体最適化のための明快な論理を与えています。一見当たり前のように見えるその理論はこんにち叫ばれているさまざまな経営課題に対し、明快な方向性を与えています。そして何より重要なのは、個々の行動を同じ傘の下にあつめ、秩序立てる、言い換えれば「ベクトルを合わせて総合力を発揮する」ことができる具体的な方法論だということなのです。
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次回はTOCの本質である「ウィン―ウィン」を実現するために、何が必要か考えていきましょう。
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