競争戦略の優劣を診断する5つの条件とは?マイケル・ポーター教授のものづくり競争戦略(3)(2/4 ページ)

» 2009年03月18日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

異なった方法による価値連鎖の構築

 それでは、第2のテストにいきましょう。他社とは異なる価値連鎖です。企業の諸活動において、他社と同じことをしていては競争に勝てません。他社と同じマーケティング、同じ製品設計、同じ流通チャネル、同じ生産方式……、これでは戦略にはなりません。単に業務改善で競争するだけでは、勝てっこありません。

 戦略は、バリュー・プロポジションを持つことから生まれますが、その実現には他社と異なった価値連鎖が必須です。イケアの事例に戻って考えてみましょう。価値連鎖を生み出すには、たくさんの選択肢があります。イケアは他社と違った活動を実践しています。例えば製品設計においては、世界でトップクラスのデザイナを起用して素晴らしい設計を行いますが、イケアはデザイナに対して次のような要求を出しています。

簡単に組み立て・分解ができるような設計をすること

 そのためには多くの制約が生まれます。部品点数を多くすることはムリです。複雑な組み立て手順も受け入れられません。その家具を買った顧客が容易に組み立てられなければ困りますから。優秀なデザイナを起用しますが、たくさんの制約を課しているわけです。

 ただし、こういった制約を設けることで、イケアは家具を組み立てた状態で出荷しなくて済むようになりました。店舗にある家具の在庫は、すべて箱に梱包された状態です。ネジやクリップ、組み立て用の道具まですべての部品は箱に同梱されています。ソファや本棚といった完成された状態ではないのです。イケアの家具は箱のままで販売されます。顧客は自分で家具を組み立てるわけです。この方法が、劇的にコストを削減しています。だからイケアの家具は優れたデザインでありながら、安い価格を実現しているのです。

 顧客の満足を得るには、もっと違った設計や製造方法があったでしょう。たくさんの選択肢はあったはずですが、イケアは私の娘のような特定の顧客にアピールするために、顧客自身で家具を組み立てる戦略を選択したのです。娘はタクシーにイケアの家具を積んで帰ることなんか気にしていませんし、自分で組み立てるのも平気です。気に入ったデザインの家具をビックリするほど安く手に入れられるのですから、完成品でなくても、配達してもらえなくても、一向に構わないのです。また娘は、販売員の手助けなど必要としていません。イケアの客は、自分の欲しい商品は分かっているし、商品に色のバリエーションやさまざまなオプションはないのです。

 このように、イケアは競合他社にはない多くのユニークな選択をし、独自のバリュー・プロポジションを獲得しました。他社がイケアのビジネスを模倣するのは非常に困難です。なぜならイケアの価値連鎖は、あらゆる部分において独特だからです。もしイケアを模倣したければ、価値連鎖にかかわるすべての活動を模倣しなければなりません。製品設計にモジュラー化を取り入れなければあのような低価格は実現できませんし、販売員を置かないことによる低コストは、梱包状態で販売するスタイルと不可分です。こうした数ある特徴の中から、単純にある部分だけを模倣してもイケアには勝てないのです。

 模倣されにくい価値連鎖は非常に堅牢で、長期間にわたって優位性を持続できます。競争優位をベストプラクティスによる製品の市場投入の速さなどで獲得しても、その優位性はほんの一時期のものでしかありません。イケアのようなユニークなポジションを築けば、競争優位は20年、30年も継続するでしょう。なぜなら、イケアのような独自のバリュー・プロポジションに追い付くのは非常に困難だからです。

明確なトレードオフに基づいた競争

 第3のテストですが、業界構造の分析(第2回「ビジネスの競争に勝つ戦略はたった2つしかない」参照)で紹介した大型トラックメーカーであるパッカーの事例を思い出してください。どうやったら業界平均の3倍ものROICをたたき出せるのでしょうか。その答えは、非常に注意深く顧客を選び取ったということです。トラック業界でとても魅力的な顧客は、大多数の層ではなく、とても少数派の顧客だったのです。

 パッカーは個人でトラックを所有する自営業の顧客層を狙いました。彼らは自分でトラックを運転し、運送会社とは個別に契約を結んで仕事を請け負います。こういうドライバーたちは、自分のトラックの外観が他人のものと同じであることを好みません。自分のトラックで眠って、食事をして、休憩をして、トラックが生活そのものなのです。こうした顧客に対して非常にうまく対応できるような戦略をパッカーは作り上げたのです。その結果、業界平均の3倍のROICを得ることに成功しました。

 ユニークなバリュー・プロポジションを獲得し、異なる価値連鎖を築き他社と異なる方法で競争を行う。そうした優れた戦略に必要な第3の条件はトレードオフです。二者択一的に明確なトレードオフを実施する必要があるのです。トレードオフとは、ある1つのことをうまくやるために、残りを捨て去ることです。なぜならすべてを同時にうまくやることはできないからです。これがトレードオフの定義となります。優れた戦略はすべて、これかあれかという二者択一的なトレードオフを必ず持っているものです。どれか1つのことを非常にうまくやることに徹して、それ以外のことに手を出さないのです。すべて同時にはできないからです。

 イケアのトレードオフを考えてみましょう。彼らは、

どんなにすてきなデザインでも、組み立てるのが大変なら、それはあきらめるよ

というのです。また、

販売員を店に置くのも、種類やサイズを複数持つことも、あきらめた

といっています。こういったトレードオフを抜きにして、ユニークなバリュー・プロポジションは実現しません。

 トレードオフは戦略の重要な要素です。なぜなら、競争相手が模倣するのを困難にするからです。もしある製品に1つの特徴を持たせ、しかしほかの特徴とのトレードオフはなかったとしたら、その成功したアイデアは競合他社にあっという間に模倣されてしまうでしょう。トレードオフがない戦略は、簡単にコピーされてしまいます。トレードオフがあれば模倣されにくいというのは、それをコピーしようとすれば、何かしら自社の価値を傷付けることになるからです。それはなかなか実行できないものです。

 パッカーは単純に製造工程にカスタム化できる設計要素を追加しました。それは効率の良い製造工程ではないのですが、1台1台カスタム化されたトラックを安価に作れます。ここにトレードオフがあります。パッカーはカスタム化しやすい設計を取り入れ、同じ製品を大量に生産することで得られる量産メリットをあきらめたわけです。両方を同時に実現できないからです。

 このトレードオフのコンセプトは、多くの日本企業が苦手としているところですね。日本のものづくりを担う人たちのメンタリティは、

自分には何だって作れるんだ

というものです。大多数の人に向けてカスタム品を作ろうとして、たくさんの種類の製品を大量に作れる製造ラインを用意してしまうのです。その結果、そこそこの製品はできるけれど、模倣品が大量に出回り価格競争に巻き込まれる危険も大きくなるのです。

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