技術力だけではなく、「ちゃんと商品化できる?」「運転しやすい?」さまざまな要素が試される、てんこ盛りな4日間だ
今回の出場校は77校(昨年は62校)で、毎年着々と出場校数を伸ばしている。大学だけではなく、専門学校や海外の学校も目立つ。また大会スポンサーの数は149社。誰もが知る大手企業からマニアックな企業までさまざまな面々がそこに名を連ねている。
スポンサー企業の社員の方々はとても前向きに大会運営に参加しているそうだ。走行審査のアナウンス担当も、記者のために会場を案内してくださった説明員も、スポンサーから派遣された方々だった。若い学生に自分たちが長年培った技能を伝えていくことへの使命感はもちろんだが、通常の業務とはガラッと雰囲気が違った、若い人たち特有の元気のよさや、お祭り状態が純粋に「楽しい」のだとも。
ものづくりをして技術力を競う大会としては、ほかにロボコン(ロボットコンテスト)が挙げられるが、それとは大きな違いがある。学生フォーミュラは“商品力まで想定した”自動車作り(ものづくり)の仮想体験である。それに大会の全日程も4日間という長丁場だ。出場する方も見守る方も辛抱である。チームの車両の開発・製作には(チームによるが)数カ月から1年以上かける。これを4年間もやり遂げれば、相当な実務能力になるに違いない。
実際、自動車メーカーに就職したフォーミュラチームのOBたちの話によれば、学生フォーミュラを経験していないほかの新入社員と自分とを比べると、モチベーションの高さ、業務習得の早さにかなりの差が出るのだという。
例えば、CAD上の作業では、実体の寸法を把握する感覚が麻痺(まひ)しがちだ。それに“部品加工には、ばらつきがある”という当然の事実がピンとこない。これはCADのオペレーションから入った設計技術者が陥りやすい罠(わな)といわれる。学生フォーミュラに参戦する学生たちは、CADでモデリングした部品を自分たちの手で組み立て、試行錯誤を行う。この過程により、CADの罠から抜け出すことができる。
そして本大会のプレゼンテーション審査では、商品化まで想定した車両の紹介を学生自らが行う。例えば審査員から、「ファミリー向けとなっているけれど、この部品に子供が触れても大丈夫なのか」「これでちゃんと量産できるのか」といった、商品化を視点とした質問をされる。総合大学のチームだと、商品コンセプトについて突っ込まれれば文系の企画担当が、技術面で突っ込まれれば理工系の設計担当が答えるという分担をしたりする。このようなプレゼンテーションの経験は、企業の若手社員でもできないことが多い。フォーミュラに参加する学生たちは、貴重かつ有意義な体験をしているといえる。彼らなら、甚さんにゲンコツを飛ばされることもないのかもしれない。
大会概要や当日の審査や得点について、静岡理工科大学のフォーミュラチームのサイトでコンパクトにまとまった説明を見つけた。本大会についてよくご存じない方は、以下を読み進めるにあたり、少しだけ予備知識を付けてはいかがだろう。
関連リンク: | |
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⇒ | SIST Formula Project(Summary) |
大会2日目まで、静的/動的の各審査では、上智大と東大とで1位2位を取り合う、まさに“デッドヒート状態”だった。2日目終了時点では、かろうじて上智大が総合得点でリードしたものの、僅差だったのだ。それまでは、どちらが優勝してもおかしくない状態といわれていた。
3日目のエンデュランスでは、上智大と東大はともに走行しタイムを競った。そこで、上智大は東大に大きく得点差を付けた。その次にファイナルデザインが行われたが、結果的に、エンデュランスでの順位がそのまま総合順位となった。金沢大は、前年と同様で3位だ。
【6回大会の総合順位】
*詳細はこちらをご覧ください(大会公式ページ)
この大会ではエンデュランスの配点が一番大きい。1000点中の350点、つまり総合得点の3分の1以上を占める。だから“その順位がそのまま……”というのは確かによくあることらしいが、エンデュランス後(最終日)に行われるファイナルデザインにて順位がひっくり返ることも当然あり得るそうだ。
またエンデュランスでの失敗は、総合順位に大変大きく響く。この審査、単にスピードが出る車両、というだけではダメだ。コースアウトしたり、コースに配置されたパイロン(コーン)をけ飛ばしたり(「パイロンタッチ」)といった運転のケアレスミスによる減点は大きい。さらに故障で車両が止まり(あるいはオレンジボールを出され)リタイアすれば、順位は激しく転落する。たとえ出場の常連校であっても、本当に些細(ささい)なミスが災いして走行リタイアへと追い込まれ、総合順位が大きく転落してしまう場合も多々ある。
以下では、大会4日目にコンタクトできたチームの、車両設計のポイントやチームリーダーの声を紹介していく。エンデュランスの結果でチームが一喜一憂している様子もそこからうかがえるかと思う。
崇城大学は熊本県の大学。今回が初出場にもかかわらず、エンデュランスで完走と健闘した。前回もお伝えしたように、車両の製作が大会直前ギリギリまでかかってしまったという。とにかく時間がなかったので、カウルはアルミ板を溶接で丁寧につなぎ合わせて作ったそうだ。裏側から溶接し、体裁面に出てきた部分を削ってきれいに整えている。意匠面も単に平板をつないだような形状にならないように工夫がされていたし、塗装も美しく仕上がっていた。
シート後部の上フレームが三角状になり天へ伸びている。その姿はF1カーを意識したのだとか。エンジンはドライバーのすぐ背後にあり、吸気系が上を向いて配置されている。駆動音がドライバーの耳元で聞こえてくるのが、「走っているなぁ!」という感じでいいらしい。
車両にはデフ(ディファレンシャルギア)が付いてないという。さて内輪差はどうやって制御しているのかといえば、ドライバーの運転テクニックだ。デフが付いていなければ、カーブを曲がるとき片輪が空回りした状態になってしまう。「運転は難しくなるんですけど……、走る面白さを体感したかったんです」と崇城大学のチームリーダー 横山敏郎さんは話した。
“地をぎゅっと踏み締めて走る感じ”というフィーリング面ばかりではなく、構造をシンプルにしておくことでユーザーのメンテナンスを楽にするというコンセプトにした、ということもあるそうだ。
初参戦ということもあるのか、車両自身や横山さんのコメントからは「クルマを楽しもうぜ!」という気持ちが強く感じられた。強過ぎるプレッシャーでピリピリせずにいたことも、エンデュランス完走へとつながった大きな要因かもしれない。
関連リンク: | |
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⇒ | 崇城大学「Sojo Project F」 |
静岡理工科大学は、大会会場の地元である袋井市にある大学。表彰式の進行や司会も務めた。
同大学チームの車両の大きな特徴は、単気筒のエンジンにスーパーチャージャー(過給器)を取り付けていることだと静岡理工科大学のチームリーダーの高田 裕太さんはいう。
また、もう1つの特徴は、「MR(Magneto-Rheological)ダンパ」だそうだ。電子制御により減衰力を変えるダンパである。
ダンパの中に「磁気粘性流体」が仕込まれている。「すごく簡単に説明するなら、大きな電流を流せばダンパが非常に硬くなるし、小さな電流を流せば若干硬くなる感じ」だと高田さんは説明する。左右で合計4本付いていて、コーナーを曲がるときなどのフレームの傾きを抑え、走行を安定させる。なお、練習走行時に制御プログラムを組んでおく。
関連リンク: | |
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⇒ | LORD(部品供給元):英文 |
⇒ | 「Cable-Stayed Bridges」(LORD):英文 |
またシャシー設計で留意した点は、以下の3点だと同大学のサブリーダー兼フレーム班リーダーの井上達也さんは説明した。
これだけ徹底したからか、昨年のモデルと比べ、車両の性能がかなりアップしたそうだ。今回のエンデュランスでは無事完走し、昨年の雪辱を果たした。
車両に付いていたお札が印象的だった。このお札に込められた思いについて尋ねてみた。
「大会会場(エコパ)の付近にある法多山 尊永寺の厄除けのお札です。チームは過去2回もエンデュランスをリタイアしているので『今回こそは完走を! 』との意気込みで大会前にチームみんなでご祈祷(きとう)に行きました」(井上さん)。
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