TOCでは「原価計算は生産性の最大の敵である」と主張する。現行の会計制度に存在する矛盾を明らかにし、企業の継続的な利益創出を支援するTOCスループットの基本を紹介しよう。
連載第1回の「“もうけること”を知るのがスループットの第一歩」で、ムダとは利益を生まないことであり、利益とは原価計算から導き出された会計上の利益ではなく、入ってきたお金と出ていったお金との差額、つまりスループットで考えるべきだと説明しました。今回は皆さんの工場を見渡して、どこにどんなムダが潜んでいるのかを具体的に検討していきましょう。
前回でも紹介しましたが、トヨタ生産方式ではムダを「付加価値を高めない各種現象や結果」と定義し、
という代表的な7つのムダを撲滅すべしとしています。
このトヨタ生産方式の影響からか、ここ十年ほど工場では生産革新と称して「ムダ取り」が大流行して、現場に存在するあらゆるムダを徹底的に撲滅することがもてはやされてきました。そしてそれがあたかも「経営」として利益を創出する真理であるかのように語られています。しかし、本当に現場にあるムダを撲滅するだけで利益は激増するのでしょうか。
もちろんトヨタ流の7つのムダを取ることは、製造現場の実力を上げるという見方からすると大変重要です。しかし、非常に怖いのはむやみにこれだけが正しいと信じ込むことなのです。実際、ムダ取り革新の最も素晴らしい事例と称賛され、テレビなどでも紹介された会社が、翌年には500人以上の人員整理を余儀なくされたというケースもあるのです。
企業経営は変化する環境との戦いです。工場に存在するムダも日々刻々と変化しているのです。簡単な例を使って状況の変化でムダがどう変化するか考えてみましょう(注1)。
繁盛しているまんじゅう屋で、店員が誤ってまんじゅうを1個落としてしまいました。このまんじゅう屋はとてもおいしいので、売れ行きがよく作っても作っても生産能力が需要に追い付きません。1個でも余計に作れれば、それだけ売り上げが増えるという状態です。このまんじゅうの売価と費用は、次の表のようになります。
項目 | 金額 |
---|---|
売価 | 500円 |
材料費 | 200円 |
人件費 | 150円 |
そのほかの経費 | 70円 |
利益 | 80円 |
表1 製品1個当たりのコストと利益 |
あるとき、店員がまんじゅうを1個落としてしまいました。この場合の損失はいくらだと考えればよいでしょうか。
同じようにヒマなそば屋の場合の例も考えてみましょう。そば屋では、まんじゅう屋とは逆に客が少なくていつも閑古鳥が鳴き、店員も遊んでいるような状態です。この店の「もりそば」1枚の材料費、経費、利益などの構成は、「繁盛しているまんじゅう屋」と一緒だと仮定しましょう。
もしも、店員が同じようにもりそば1枚を落としたとしても、ヒマな店ですからすぐに別のそばを作って間に合わせることができるでしょう。この状況で発生する店の損失はまんじゅう屋とはどう違うのでしょうか?
答えは、「まんじゅう屋の損失は500円、そば屋の損失はゼロ」です。
繁盛しているまんじゅう屋は、毎日売り切れです。従って1個落としてしまえば(不良品の発生)、1個分の売り上げが減ってしまうことになり、500円の損になるのです。
そば屋はまったく逆で、ヒマです。もりそばを1枚落としても作り直す余裕がありますから、売り上げはまったく変わりません。ということは、損は材料費の200円になります。でも、毎日売れ残って材料を廃棄処分しているならば仕入れ費用は変わりませんから損はゼロ、ということになるのです。
注1:この例題は、千住鎮雄、伏見多美雄著『新版 経済性工学の基礎―意思決定のための経済性分析』(日本能率協会マネジメントセンター)から引用しています。
「もうけはスループットで考える」というTOCの原則にのっとって考えてみましょう。製品を1つ不良にすることで、手不足のまんじゅう屋では、
のそれぞれがどのように影響を受けるのでしょうか。
売り上げは、作れば売れるにもかかわらず1つ落下させたことで、1つ分の売り上げ(500円)がマイナスします。一方出ていくお金は、材料費、人件費、経費ともにまったく変わりません。
−500−0=−500
これに対して、ヒマなそば屋では、代替品を提供したことで売り上げは減りません。また、出ていくお金はまんじゅう屋と同じように変化なしであり、売り上げ利益は変化しないのです。
0−0=0
前回もお話ししたように、「人件費:150円、そのほかの経費:70円」という数字は原価計算から導き出された「1個当たりの配賦(割り勘)」数字です。人件費や経費の総額が1個不良を作ることによって変化するわけではないのです。
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