なぜ車載ネットワーク「CAN」が開発されたのか? “ECU間通信へのシフト”や“配線方式の変遷”について解説する
――2008年3月某日、筆者はベクター・ジャパン(以下、ベクター)の門をたたいた。
ベクターは、自動車や産機器分野のネットワークプロジェクトで使用される開発ツールの提供、車載ネットワークに関連する技術やその開発ツールの使用方法などについての専門トレーニングサービスを行っている企業だ。今回、筆者は車載ネットワークの基幹プロトコルとなっている「CAN(Controller Area Network)」について見識を深めるために、ベクターの門をたたき、トレーニングサービス「CANベーシック」を受講することにしたのだ。
本稿では筆者が実際に受講したトレーニングの内容を基に、連載「車載ネットワーク“CANの仕組み”教えます」の序章として、CANの歴史や目的について解説する。しかしながら、教えを請いに行った筆者が皆さんにCANの解説を行うのも心もとない。そしてきっと、皆さんもそう思っていることだろう。
そこで、次回以降ではベクターのトレーニング講師である増田氏を筆者に迎え、本格的にCANのイロハについて解説していく(これで少しは安心していただけただろうか……)。
はじめに、本稿で解説する内容を以下に示す。
連載開始の序章としてはちょうどよいボリュームではないだろうか? それでは、前置きはこれくらいにして、序章の幕を開けることにしよう。
まずはウォーミングアップ、CANの歴史から見ていくことにしよう。
いま(2008年時点)から25年ほど前の1983年、CANの開発はドイツのBosch社で始まる。2年後の1985年にFull-CAN(注)規格が完成し、同年Bosch社とIntel社によるCAN用マイコンの共同開発が開始された。
この共同開発の末、Intel社製のチップが完成し(1987年)、翌年からIntel社製CANチップ「82C526」の生産を開始。ちなみに、これとほぼ同時期にPhilips社からBasic-CANチップ「82C200」も登場している(1989年)。
実際に量産車(メルセデスベンツ Sクラス)にCANが搭載されたのは1990年になってからで、このときはエンジン、ギア(オートマチック)、エアコン回りでの採用であったという。1994年、正式に国際規格(ISO 11898)となり、それ以降ヨーロッパ発の規格であるCANが広く自動車に採用されるようになった。
以上がCANの歴史だ。
では次に、なぜCANの開発が求められたのかについて見ていくことにしよう。
CANの開発が求められた要因は、ずばり“ECU間通信へのシフト”にある。
自動車の発展に伴い搭載される電装品の数が増加。これにより、高度な制御を行う要求が高まり、これらをコントロールする「電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)」が激増していった。これを背景に、各ECUが単体で個々の電装品などを制御する方式から各ECU同士を専用線で結び、ECU間のデータ転送による協調制御を行う方式(ECU間通信)へシフトするようになった。
以下で、ECU間通信が求められた理由についてもう少し具体的に見てみよう。
自動車の高機能・高性能化に伴い、制御内容が複雑になり入力センサや各種アクチュエータの数が増化し、各ECUはそれらの入出力の分だけコネクタのピンが必要となった。当然、ピン数が増えれば増えるほどコネクタサイズが大きくなっていく……。最終的にはコネクタの大きさによってECUのサイズが決められてしまうといった事態にまで陥ってしまったのだ。さらに、入出力用のデバイスも多数必要となるため、ECU基板のサイズも大型化せざるを得ない状況になった。
前述のとおり、従来は自動車の内部に搭載されているECUが個別に制御を行う方法を取っていたが、最近では100以上ものECUが搭載されている車両も登場しており、各ECUが個別に制御を行うのは困難となった。
車両空間の快適性への要求が高まり、配線スペースやECUの設置場所などが限られてきている。自動車の要求特性として安全・快適・環境が挙げられるが、特にコンパクトカーなどは「快適」要求が強く求められている。
従来、故障情報を個々のECUにメモリして、その情報を基に原因の究明を行ってきた。ECUの数が少ないうちは、1つ1つECUの故障情報を確認して故障個所を断定できたが、ECUの数が急激に増えたことで、個別の故障診断では故障個所の断定に時間やそれに伴うコストが増加するようになった。
前述のように、各ECUが単体で個々の電装品などを制御する方式からECU間通信へシフトしていったわけだが、当初、ECU間通信を実現する手段として採用されていたのが、“必要な情報の数だけECU間を配線で接続する「従来方式の配線」”であった(図1)。
この方式では、ECUやセンサが増えるたびに配線が増え、これに伴い、配線コストも増加してしまう。配線の増加は車体重量の増加だけでなく、配線スペースの問題も引き起こす。さらには、配線と各ECUやセンサとの接続点も増えるため、故障が起こりやすくなり信頼性の低下につながる。ここまでの説明でも察しが付くが、これだけ配線が入り組んだ状況では、改造や設計変更・拡張、故障診断時にも支障を来すし、これらの作業を実際に行うとなるとかなりのコストが掛かってしまう。
以下に従来方式の配線によるデメリットを示す。
こうして、従来方式の配線に置き換わる手段として考えられたのが「通信(ネットワーク)方式の配線」だ(図2)。
図1と図2を比べてみると、図2の配線の方がスッキリとしているのが分かる。通信方式の配線では、複数の部品間配線を1本の通信線にまとめ、各ECUで通信線を共有している。このようにすることで配線本数が激減し、コストやスペース・重量の課題を克服、さらには自動車の組み立てや設計作業の効率化、燃費の向上などが図れるのだ。そのほかにも、ECUの小型化や設計自由度の向上、電気的信頼性の向上、データ通信以外への用途拡大などのメリットも得られる。
以下に通信方式の配線によるメリットを示す。
この通信方式の配線、つまりECU間をネットワークで接続するための通信プロトコルとして考えられたのがCANなのだ。
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