PFASの基礎知識やリスクなどを紹介する本連載。第7回は発がん性とともに報道などで注目されている血中濃度の基準値とその根拠について解説する。
連載第6回ではPFOSやPFOAの発がん性の評価とリスクの大きさについて解説した。今回の第7回では、発がん性とともに報道などで注目されている血中濃度の基準値とその根拠について解説する。
日本の自治体が、住民の血中PFAS濃度の検査を公費で大規模に実施した結果がニュースとなった。米国の学術機関が定めた基準を超えたとする内容だ。このニュースに限らず、化学物質の基準値超過報道の多くは「基準値の〇〇倍」という数字をセンセーショナルに伝え、そもそもその基準値の根拠や超えたときの意味が何なのかは説明されないが、このニュースの例も同様であった。この基準(全米アカデミーズが提案したガイドライン値)とは以下の通りだ。
報道で問題とされたのは血液検査でPFAS濃度が「20ng/mL」を超えたという部分である。全米アカデミーズは血液中PFAS濃度のガイドライン値を決めるに当たり、ドイツのヒトバイオモニタリング委員会が提案した値を参考にした。
ドイツの同委員会は、健康への悪影響が生じない値(PFOSが5ng/mL、PFOAが2ng/mL)と、健康リスクが増加し長期的なモニタリングが推奨される値(PFOSが20ng/mL、PFOAが10ng/mL)の2段階の値を設定した。
健康リスクが増加する値については、一般住民を対象とした疫学研究結果から、コレステロール値が上昇するポイントに注目して設定された。全米アカデミーズは健康への悪影響が生じない値の低い方(2ng/mL)と、健康リスクが増加する値の高い方(20ng/mL)を選択し、それぞれ7種類のPFASの合計値として適用するというアレンジを加えたのである。
PFASの血中濃度の基準値をどのように解釈すべきかについて、注目すべきポイントは以下の3点である。
まず(1)について、根拠となった疫学研究は一般住民のPFASの血中濃度と健康との関係を調査する「観察研究」に該当し、調査対象を2グループに分けて一方にだけPFASを曝露(ばくろ)させてその影響を調査する「介入研究」ではない。当然ながら、後者のような介入研究は倫理的な問題があるため実施することは難しい。観察研究の場合には、PFASの血中濃度とコレステロール値に相関関係があったとしても、本当にPFASが原因であるかどうか(因果関係があるかどうか)は分からない。PFASの濃度が高い人はPFAS以外の化学物質の曝露量も高い場合が多いので、その中からPFASの影響だけを抜き出すことは困難である。なお、動物実験ではPFOSやPFOAの曝露によって、コレステロール値が逆に低下する知見も得られている。
次に(2)について、PFOS濃度が20ng/mLを超えるとコレステロール値が劇的に上昇するわけではなく、その差は10mg/dL程度であった。この差は平均的な人に比べて若干高めになる程度の差であり、個人差を説明できる度合いは非常に少ない。その一方で、コレステロール値との関連がより強かったのは、PFOS濃度よりも年齢や性別、肥満度であった。コレステロールが気になる人はPFASよりもまず肥満に注意すべきである。
最後に(3)について、この疫学調査はPFASと総コレステロール値の関係を調べているが、総コレステロール値が高いだけで「病気」であるわけではない。実際には総コレステロール値だけではなく、いわゆる善玉コレステロールと悪玉コレステロールのバランスが重要である。悪玉コレステロールや中性脂肪が高い状態が続くと、増加した脂肪が血管に負担を与えて動脈硬化につながり、さらに動脈硬化は血液の流れを悪化させて脳卒中や心筋梗塞などにつながる。ただし、実際にはPFAS濃度と脳卒中や心筋梗塞の頻度との関係がみられているわけではない。
連載第4回の記事で紹介した日本の食品安全委員会による評価において、コレステロール値の増加については、増加の程度が軽微であること、のちに疾患に結び付くか否かが不明であり臨床的な意義が分からないことなどから、証拠不十分として採用されなかった。また、連載第5回の記事でPFASによるワクチン抗体価の減少について紹介したが、これも同様の解釈が可能であった。PFASによって実際に感染症が増えたわけではない他、ワクチンにより抗体が減少したからといって感染症が増えたわけでもなかった。
全米アカデミーズに血液中PFAS濃度の基準値の策定を依頼した米国ATSDR(環境有害物質・特定疾病対策庁)の方針では、血液検査を実施するかどうかはメリットやデメリットを考慮して臨床医が個別に判断することとなっている。また、その結果をどう使うかも臨床医の判断となる。通常の血液検査で測定される善玉コレステロール、悪玉コレステロール、中性脂肪の値を確認し、基準から外れている場合には食事を見直して運動習慣をつけ、それで改善しない場合や動脈硬化のリスクが高い場合には薬を服用する、というのが一般的な方針である。基本的にPFAS濃度が高いかどうかはこの方針にあまり関係ない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
素材/化学の記事ランキング
コーナーリンク