PFASの基礎知識やリスクなどを紹介する本連載。第6回はワクチン抗体価とともに注目されている発がん性について説明する。
連載第5回では日本や欧米、国際機関における評価と管理について、特にワクチン抗体価への影響に注目して解説した。今回の第6回では、ワクチン抗体価とともに注目されている発がん性について解説する。
PFAS(実態はPFOSとPFOA)を扱った報道などでは、「発がん性が指摘されているPFAS」などと記載されることが多い。PFASがどのようなものか良く知らない人に対しても、「発がん性」という一言が付くことで危険なイメージを与えることができるからであろう。しかしながら、この「発がん性」の評価は非常に難しく、科学で簡単に白黒つけられるものではない。
2023年にIARC(国際がん研究機関)は、発がん性ランクについてPFOAをグループ1「ヒトに対して発がん性がある」に、PFOSをグループ2B「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」に分類するという評価結果を公表した。IARCはWHO(世界保健機関)の機関の1つであり、人に対する発がん性に関するさまざまな作用因子(化学物質に限らない)を評価し、その証拠の強さに基づいて4つのグループに分類している。
グループ1が最も発がん性の証拠が強く、2A、2B、3となるにつれて証拠が弱くなることを意味する。PFOAに関しては、動物実験の証拠は十分、発がん性のメカニズムも明らか、ヒトの疫学調査の証拠は不十分、と評価されており、動物実験とメカニズムの知見でグループ1に分類された。なお、PFOAが含まれるグループ1には、タバコやアルコール、アスベストや紫外線、放射線などが含まれる。また、PFOSが含まれるグループ2Bには漬物やわらびなども含まれる。
ただし、IARCの目的はあくまでも発がん性があるかどうかという特性の評価(発がん性の証拠の確からしさ)にとどまっており、発がんリスク(どれくらいの人ががんになるか)の評価ではないことに注意が必要である。同じグループに割り当てられた物質であっても、その物質の発がん性の強さや曝露(ばくろ)量に基づくリスクの大きさを示すものではないため、リスクが大きく異なる可能性がある。
一方で、日本の食品安全委員会はPFAS(内容はほぼPFOSとPFOA)の食品健康影響評価の評価書を2024年に公表した。この中で、発がん性については情報が不十分であるため評価には使われなかった。ここでは、動物実験の結果はヒトにあてはめられるか不明、ヒトの疫学調査の証拠は不十分、もし発がん性があったとしても遺伝毒性なし、とまとめられている。遺伝毒性とはDNAを損傷する作用のことである。遺伝毒性ありの場合にはごく微量でも発がん性はゼロにならないと仮定したリスク評価が行われ、遺伝毒性なしの場合には曝露量がある閾(しきい)値以下では発がん性がゼロになると仮定したリスク評価が行われる。ヒトに対する疫学調査は証拠不十分という点においてはIARCと食品安全委員会は一致しているが、動物実験の解釈は異なっていた。
このように、発がん性の評価は専門家による総合判断であり、白黒が明らかとはいえない。科学の特性として「ない」ことの証明はできない(例えば幽霊がいないことの科学的な証明はできない)ため、発がん性があるかないかという二者択一の問いは禅問答となり、「発がん性ある派」と「発がん性ない派」の対立や分断が起こってしまう。このような場合には、PFOS/PFOAが発がん性「あり」で遺伝毒性も「あり」であると仮定し、曝露量が低くても発がん確率がゼロにならないとしたらその発がんリスクはどのくらいになるかを評価し、その大きさから判断することが重要である。
遺伝毒性ありの発がん性物質のリスク評価には「線形閾値なしモデル」が使用される。これはもともと放射線防護の分野で放射線によるリスクを評価するために使われたモデルである。広島/長崎の原爆生存者の疫学調査結果から、比較的高線量域では被曝(ひばく)量とがん死亡リスクに直線的な関係があることが示されている。しかし、それより低い被曝量では影響が小さすぎて関係が検出できない。そこで、低被曝量であっても被曝量と発がんリスクは直線的に比例すると仮定してリスクを評価するのが線形閾値なしモデルの考え方である。
ただし、この仮定はリスクを実際よりも過大評価する考え方である。また、この考え方は化学物質の発がんリスクの評価にも応用されている。1993年に設定された日本の水道水質基準では、遺伝毒性ありの発がん性物質について線形閾値なしモデルを用いた評価により、生涯発がんリスクが10万人に1人というレベルに抑えられるように基準値が設定された。
発がんリスクの計算に必要となるのが「発がんスロープファクター」、すなわち曝露量と発がんリスクの直線関係の傾きである。発がんスロープファクターとは、1日当たり、体重1kg当たり、1mgの化学物質を生涯にわたって摂取した場合の過剰発がんリスクのことであり、発がんスロープファクターに曝露量をかければ発がん確率になる。発がんスロープファクターは食品安全委員会による評価書に記載されている米国EPA(環境保護庁)の値を参照する。
PFOAについては上記の動物実験による評価値のほかに、疫学研究における腎臓がんを根拠とした評価値もある。ただし、この疫学研究は動物実験の結果と整合性がなく、IARCや食品安全委員会の評価においてもヒトの疫学調査の証拠は不十分であるとまとめられていることから、ここでは採用しないこととする。
曝露量はPFOS/PFOAともに食品由来を中心に1ng/kg 体重/日(=0.000001mg/kg 体重/日)とする。これとスロープファクターをかけると生涯発がん確率が計算され、発がんリスクは10万人当たりPFOS:3.95人、PFOA:0.007人となった。これが大きいのか小さいのかは他のリスクとの比較によって判断する。
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