とある昔の話をします。ある事業部で、配属前の新入社員数名を丸一日預かりました。「工場見学や製品に触れる機会を設け、事業部がいま何を抱えているかを説明する。座学で終わらせず、現場のリアルを伝えたい」という趣旨で行ったと聞いています。
この時に幹部の人間は、新入社員に向けて正直に話しました。当時、その事業部は重大な品質トラブルを抱えていたため、事業部で何が起きていて、どう対応しているのか、なぜその対応を選んだのかを包み隠さずに説明しました。
しかしクロージングの場で、新入社員が口々に言いました。「その対応は正しくない」と。入社したばかりの人間が、教科書通りの正しさを物差しにするのは当たり前です。むしろ、このようにいえる人材を採れているという意味では、健全だといえます。
ただ、あのときの新入社員も、現在では中堅の立場です。中には幹部になっている人もいるでしょう。彼らに聞いてみたいのです。今でも、あのときと同じことがいえるでしょうか。
経営は甘いものではなく、ロジックだけで決まるものでもありません。「品質第一」というスローガンを掲げて乗り切れるほど、現実は単純ではありません。人員が足りない、設備が空かない、決算が迫っている――。その全てが同時に押し寄せる中で、それでも組織としての判断を下さなければなりません。例えば、qcdの重みづけやタスクとリソースの管理、組織KPIの設計といった内容です。
そして、そこに唯一の正解があるわけではありません。それでも、いざ問題が起きれば、過去の判断はその結果から評価されます。品質に関する経営判断は、どうしても結果が出た後に評価されがちです。経営者も工場長も部長も、不確実な状況の中で、日々判断を下しています。
では、その判断を結果論で終わらせないために、何ができるのでしょうか。そのための重要な仕組みの一つが、「マネジメントレビュー」です。
マネジメントレビューとは、トップマネジメントが自社のQMS(品質マネジメントシステム)を定期的に見直す仕組みです。QMSの国際規格であるISO 9001でも、計画した間隔で実施することが求められています。顧客満足の状況やプロセスの実績などをインプットとして確認し、改善の機会やQMSの変更、必要な資源などについて判断します。
ここで強調したいのは、これは経営が現場を審査する場ではないということです。マネジメントレビューは、各局面で経営層が下した判断、つまり「どこに線を引いたのか」を経営層自身が棚卸しする重要な機会です。あら探しでもなければ、つるし上げでもありません。冒頭で述べた通り、品質問題の矢印はいつも現場に向かいます。この場では、その矢印が自分に向いているのです。
だからこそ、体裁を整えただけの聞こえのよい言葉で埋めても意味がありません。生々しいほど価値があります。あのロットを出荷したとき、“何を天秤にかけ、どこを譲る前提”だったのか。判断が正しかったかどうかではなく、なぜそちらを選んだのかを残すことに意味があります。
コンサルティングの仕事柄、支援先のマネジメントレビュー報告書に目を通す機会が多くあります。良い報告書は、初めて訪れた会社であっても、その1年がどんな道をたどってきたのかが情景として浮かんできます。どこに手が回らなかったのか、何を先送りにしたのか、どの判断が後で効いてきたのか――。課題の輪郭と、それに向き合った軌跡が、そこに残っているからです。
経営というと、他社と異なることや独創的な発想が求められる仕事だと思われがちです。しかし、実際には「決めて、やって、確かめて、直す」という当たり前の積み重ねでもあります。であれば、経営判断そのものにもPDCAが必要です。マネジメントレビューを単なる承認の場にするのか、それとも自らが引いた線を検証し、必要に応じて引き直す場にするのか。そこに、その企業の品質に対する姿勢が表れます。
第2回では、品質を決めているのは現場だけではなく、その前提となる判断基準を作る経営でもあることを見てきました。qcdのどこに重きを置くのか、どこまで手間をかけるのか、何を評価するのか。これらの「線」が曖昧なままであれば、判断は再び現場に吸収されていきます。
このような状態で終わらせないために、何ができるのでしょうか。状況が変われば当時の判断が今の最適解でなくなるのも当然です。本当にまずいのは、判断を間違えることではなく、一度下した判断を「引きっぱなし」にして放置することです。そのために欠かせない仕組みが、マネジメントレビューです。
最終回となる次回では、連載第1回の「現場」や今回フォーカスした「経営」という視点を踏まえ、いま製造業で避けては通れない「モノづくりのDX(デジタルトランスフォーメーション)/AX(AIトランスフォーメーション)」に切り込みます。理想論やバズワードではない、現場と経営をつなぐリアルな目線から、品質とデジタルのこれからについて考えます。
⇒その他の「品質問題を解決する「三位一体」アプローチ」の記事はこちら
吉田真人(よしだ まさと)
ウィズプロ/技術士(経営工学)・中小企業診断士・ITコーディネータ
大阪大学大学院基礎工学研究科修了後、電子部品メーカーに18年間在籍。薄膜・フォトリソ工程の製造技術を起点に、新工法の開発から量産立ち上げ、新製品開発のプロジェクトマネジメント、R&D部門での新規事業企画までを経験した。2023年にFA機器メーカーへ転じ、製造現場のデータを活用したコンサルティングや事業企画を経て、現在は経営管理に従事している。
並行して、自身が代表を務める法人を通じて30社を超える製造業・スタートアップを支援。品質・生産改善、在庫最適化、生産管理のBPR、新規事業開発に加え、DX・AI活用支援も手掛ける。プロ人材サービス「ウィズプロ」では製造業の品質・生産分野を担当し、仕組みづくりから現場への定着まで一貫して伴走している。
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