本連載では全3回にわたり、品質を「あるべき論」ではなく理論と構造の観点から捉え直します。第2回では経営側に焦点を当て、品質を支えるために「経営が引くべき3本の線」の内容を踏まえ、経営側でどのような対応や決断が必要なのか、品質問題を現場とは違う角度から眺めてみます。
品質と聞いて一般的に思い浮かべるのは現場です。工程や検査、作業者の手つきなどを挙げるでしょう。品質会議の議題もたいていの場合そこに向かい、なぜルールを守れなかったのか、どこで見落としたのかといった追及に広がります。
しかし、その製品はなぜ急がなければならなかったのでしょうか。なぜその価格でなければならなかったのでしょうか。なぜその人数で回していたのでしょうか。それらは全て、事前に決まっています。そして、これらのことを決めているのは現場ではありません。
連載第2回目となる本稿では、この決める側である「経営」にスポットを当て、品質に関わる問題を現場の反対側から眺めてみます。
経営層が品質にコミットメントすることは重要です。ただしそれは、現場にハッパをかけることでも、新しい品質の仕組みを導入することでもありません。大切なのは、現場ではできず、経営にしかできないことをやり切ることであり、それは一言でいえば「線を引くこと」です。本稿では、経営が引くべき3本の線について解説します。
品質という言葉が本当に意味を持つのは、それが何かと衝突したときです。「顧客の期待」「コストや納期」「手持ちのリソース」の3つが同時に成立するなら、誰も悩みません。トレードオフが生じて、はじめて組織の真価が問われます。
ここでは議論を整理するため、品質を便宜的に2つに分けて考えます。製品そのものの品質を小文字の“q”に、コスト“c”と納期“d”を掛け合わせ、事業としての品質を大文字の“Q”と捉えると、概念的には「q×c×d=Q」という関係になります。「品質重視」といっても、Qとqのどちらを指しているのか分からない場面は少なくありません。
経営において、qだけを追えばよい場面など、まず存在しません。現場は常にこの3つを同時に成立させようとしており、その重みづけは状況によって頻繁に変わります。それにもかかわらず、いざ問題が起これば、やり玉に挙がるのはqです。ここで問いたいのは、その背景にあるQの判断基準が揺れていなかったかということです。
誰がその重みづけを決めるのかが決まっていなければ、それはそのまま現場に委ねられます。しかも、往々にしてその基準は人によって違います。同じ社内で、同じ製品を見ていても、どこまでを許容とするかの線は一人一人異なります。そしてその違いが、判断の揺れを生みます。
例えば、外観に軽微なばらつきのあるロットが出たとします。規格内ではあるものの、普段よりは目立ちます。品質保証の担当者は、この製品を納める客先が外観を気にすると知っているため、作り直しを他の部門に提案します。これに対し、製造部門側は過剰品質はコストに跳ね返ると主張し、生産管理部門側はここで出荷を止めれば納期遅れで客先に迷惑が掛かると考え、そのまま納品すべきだといいます。
これらの意見について、3人とも間違ってはいません。それぞれの持ち場から見れば、いずれも合理的です。そしてこの判断は、もはや品質の判断ではありません。qcdの重みづけの判断です。ところが、判断の結果がクレームとなった途端、この会社は品質の低い会社とされ、品質軽視の烙印(らくいん)を押されます。
では、どうすればよいのでしょうか。現場をつかさどる責任者が、この重みづけの線を引く必要があります。ここでいう「線を引く」とは、責任者が個々の判断を逐一決めることではありません。現場が判断する際の基準と、判断した結果に対する責任の所在をあらかじめ明確にすることです。線を引けるのは、その結果を引き受けられる立場にいる人だけです。
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