転んだからではなかった――自転車フレームの破断を解くCAEで逆引きするトラブル診断の思考法(4)(2/3 ページ)

» 2026年08月18日 08時00分 公開

溶接部は、なぜ疲労き裂の起点になりやすいのか

 今回の事例で、破断箇所がいずれも溶接部だったのは偶然ではない。溶接部には、疲労にとって不利な条件が3重に重なっている(図2)。

溶接部が疲労に不利な3つの理由――溶接止端、溶接欠陥、残留応力 図2 溶接部が疲労に不利な3つの理由――溶接止端、溶接欠陥、残留応力(概念図 ※筆者作成)[クリックで拡大]

 第1に、形状の不連続だ。溶接ビードが母材につながる境目は「溶接止端(weld toe)」と呼ばれる。この部分では表面形状が急激に変化するため、応力が局所的に高くなりやすい。連載第1回で取り上げた応力集中が、溶接線に沿って存在するようなイメージである。

 第2に、溶接欠陥だ。溶け込み不良、空洞(ブローホール)、アンダーカットといった欠陥は、疲労き裂の起点となる「最初からある傷」のように振る舞う。何もない母材からき裂が発生する場合に比べ、早い段階からき裂の進展が始まりやすくなる。

 第3に、引張残留応力である。溶接では、局所的に加熱された部分が冷却される際に収縮する。その影響によって、外から荷重を加えていない状態でも、溶接部に引張方向の応力が残ることがある。使用時の繰り返し荷重にこうした残留応力の影響が加われば、疲労に対して一層厳しい条件となる。

 事例の分析で「溶接不良を起点に疲労き裂が進展した」とされたのは、まさに第2の条件が影響したケースといえる。新品の時点でき裂の起点となる欠陥を抱えていれば、カタログ上の強度がいくら十分でも、疲労寿命は設計の想定から大きく削られてしまう。

トリガーと根本原因を切り分ける

 ここまでを踏まえると、「転倒で折れた」という見立てをどう評価すべきかが見えてくる(図3)。時間軸で考えるのだ。

トリガーと根本原因の切り分け――繰り返し荷重で残存強度が低下し、比較的大きな荷重をきっかけに最終破断へ至る場合のイメージ 図3 トリガーと根本原因の切り分け――繰り返し荷重で残存強度が低下し、比較的大きな荷重をきっかけに最終破断へ至る場合のイメージ(概念図 ※筆者作成)[クリックで拡大]

 通常走行では、ペダリング、路面の段差、立ちこぎによる体重移動といった荷重が、繰り返しフレームに作用する。1回ごとの荷重は小さくても、溶接止端や欠陥部では、その繰り返しによって疲労損傷が蓄積する。

 連載第2回で紹介したマイナー則(線形損傷則)の言葉を借りれば、損傷度が日々、静かに積み上がっていくのだ。

 そして、き裂が進んで残存断面の耐力が落ちたところに、転倒や段差などの「やや大きな一撃」が加われば、それが最終破断のきっかけになることもある。今回の事例で転倒が直接のトリガーだったと確認されているわけではないが、重要なのは、目立つ出来事と破壊を長期的に進行させた要因を切り分けることだ。

 最終破断のきっかけが「トリガー(引き金)」だとすれば、今回の事例における根本原因(root cause)は、溶接部の欠陥と、そこに累積した疲労損傷である。

 この切り分けを誤ると、対策も誤る。「転倒に耐えられる強度を確保しよう」と部材を太くしても、溶接欠陥や局所的な応力集中が残っていれば、同じような疲労破壊が再発する可能性があるからだ。

CAEで何を見るか

 では、この構図をCAEでどう読み解くのか。溶接部の疲労評価で鍵になるのが、ホットスポット応力という考え方だ。溶接止端付近の最大応力は、溶接ビード形状のモデル化やメッシュの細かさに左右されやすい。そのため、止端近傍の応力分布から、構造的な応力集中を表す値を外挿して求める。

 この応力を、材料や継手形式に応じた溶接継手用のS-N線図と突き合わせることで、「この継手は何回程度の繰り返し荷重に耐えられるか」を見積もる。

 解析結果を疲労寿命のコンター図として可視化すれば、フレームのどの溶接線が寿命を支配しているかが一目で分かる(図4)。静的な応力コンターでは「余裕あり」に見える溶接部が、疲労寿命のコンターでは真っ先に赤く染まる――。連載第2回の椅子と同じ逆転が、溶接構造ではより顕著に起こり得る。

疲労寿命コンター図のイメージ 図4 疲労寿命コンター図のイメージ(※サンプルの解析によるイメージであり、実際の製品ではありません)[クリックで拡大]

 なお、製造時の溶接欠陥については、CAEだけでなく、実物の観察や検査と組み合わせて評価する必要がある。

 また、今回紹介したのはS-N線図に基づく疲労寿命評価だが、ハイエンドCAEには、き裂の「進展」そのものを追跡する機能もある。例えば、「Marc」や「Abaqus」などの非線形解析ソルバーでは、破壊力学に基づくき裂進展解析が可能だ。き裂先端の応力拡大係数(stress intensity factor)を計算しながら、き裂を段階的に成長させていく。パリス則のようなき裂進展則と組み合わせれば、「あと何回の繰り返しで、どこまで進むか」――図1で示した加速の様子を、解析で直接描き出せるわけだ。事故調査での残存寿命の見積もりや、点検間隔の設定にもつながる考え方である。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR
スポンサーからのお知らせPR
Pickup ContentsPR
Special SitePR
あなたにおすすめの記事PR