転んだからではなかった――自転車フレームの破断を解くCAEで逆引きするトラブル診断の思考法(4)(1/3 ページ)

連載「CAEで逆引きするトラブル診断の思考法」では、身近な製品トラブルを起点に、「なぜ壊れたのか」を逆算して読み解くCAEの思考プロセスを解説する。第4回では、自転車フレームの破断事例を題材に、転倒歴という目立つ情報に惑わされず、破面と荷重履歴を手掛かりに、本当の原因をさかのぼる考え方を取り上げる。

» 2026年08月18日 08時00分 公開

 前回は、テーブル脚の座屈を取り上げた。強度計算では十分な余裕があるはずの部材が、ある荷重を境に「折れる前に曲がる」――。強度ではなく安定性という、もう1つの物差しの話だった。

 今回は、自転車フレームの破断を取り上げる。「転倒の衝撃で折れた」と考えたくなる破断が、実は通常走行時の繰り返し荷重による疲労破壊だった――。溶接部に潜む弱点と、累積する荷重の物語を追う。

 目に見える一撃と、目に見えない蓄積。トラブル診断で混同されやすいこの2つを、CAEの視点で切り分けてみたい。

⇒ 連載バックナンバーはこちら

本連載について:

本連載は、NITE(製品評価技術基盤機構)や経済産業省、国民生活センターなどが公表する事故/リコール情報を題材に、CAE(Computer Aided Engineering)の考え方と活用法を解説するものです。特定の製品や企業、業界を批判する意図はなく、本文中のCAE解析に関する記述や解析結果のイメージは、一般的な製品構造を想定した筆者の考察であり、実際の事故製品やリコール対象製品を解析した結果ではありません。


【事例紹介】走行中に、フレームが「真っ二つ」

 自転車は、製品事故が多く報告されているカテゴリーの1つだ。NITEの注意喚起によれば、2019〜2024年の6年間に通知された自転車の事故は502件に上り、その約8割が重傷事故だったという。走行中の破損がそのまま転倒や負傷に直結する以上、フレームの破壊は深刻な結果を招きかねない。

 その中でも注目したいのが、フレーム破断の事例だ。

 2024年10月、国民生活センターは、「走行中にフレームが破損した折りたたみ自転車」について使用中止を呼び掛けた。走行中にフレームのヒンジ部付近が破損し、前後のフレームが分断され、使用者があごを負傷した事故を受けたものだ。

 調査では、ヒンジに接しているにもかかわらず溶接されていない箇所や、溶接ビードとフレームの間にできた空洞など、複数の溶接欠陥が確認された。走行中の繰り返し荷重によって、これらの欠陥を起点とする疲労き裂が発生/進展し、破断に至ったと分析されている。当該製品は、補助具を無償で取り付けるリコールの対象となった。

 さかのぼって2021年12月には、同センターが「フレームが破断した電動アシスト自転車」のテスト結果を公表している。通学用として約1年間使用されていた折りたたみ式の車体が、折りたたみ部後方の溶接部で破断した事例である。

 破面の観察から、母材に対する溶融金属の溶け込み不良を起点に、疲労破壊が進行したと考えられた。

 これらの事例に共通するのは、破断箇所がいずれも「溶接部」だったこと、そして外からは「ある日突然、真っ二つになった」ように見えることである。これが今回の謎の核心だ。

現場の勘:「転倒の衝撃が原因だろう」

 「自転車のフレームが折れた」と聞いたとき、経験のあるエンジニアがまず思い浮かべるのは、「転倒か、衝突か」ではないだろうか。

 金属製のフレームが壊れるには大きな力が必要だ。通常走行時の荷重だけで壊れるとは考えにくい以上、「過去の転倒で強い衝撃が加わり、そのダメージによって折れた」という筋書きは、力学的な直感として理にかなっているように見える。

 実際、前述した電動アシスト自転車の事例でも、使用者には数回の転倒歴があった。「転んだことがある」という事実と、「フレームが折れた」という結果が並べば、両者を因果関係で結びたくなるのが人情だ。

 ところが、破面を観察すると、そこには別の物語が刻まれていた。通常走行時の繰り返し荷重によって少しずつ進んだ「疲労き裂」の痕跡である。

CAEアプローチ:一撃か、蓄積か――破面と時間をさかのぼる

 疲労破壊の基本的なメカニズムは、連載第2回の「椅子の疲労破壊」で述べた通りだ。静的には問題にならない大きさの応力でも、繰り返し作用すれば、き裂が発生/進展し、最終的に破断へ至ることがある。

 今回は、その過程をもう少し詳しく見ていきたい。疲労き裂が破断に至るまでの流れは、大きく2つの段階に分けて考えることができる(図1)。

疲労き裂の2段階(発生/進展)と、破断に至るまでの流れ 図1 疲労き裂の2段階(発生/進展)と、破断に至るまでの流れ(概念図 ※筆者作成)[クリックで拡大]

 第1段階は、き裂の発生(initiation)だ。応力集中部や微小な欠陥を起点に、肉眼では見えないき裂が生まれる。

 第2段階は、き裂の進展(propagation)である。荷重が繰り返されるたびに、き裂は少しずつ進展する。き裂が長くなるほど、き裂先端の応力状態は厳しくなり、進展も加速しやすい。

 そして、き裂の進展によって荷重を支えられる断面が減り、残された断面が荷重に耐えられなくなったとき、最終破断が起きる。

 この段階で比較的大きな荷重が加われば、外からは「その一撃で折れた」ように見える場合もある。しかし、実際には、それ以前から疲労き裂が進展し、フレームの耐力が低下していた可能性がある。

 破損する直前まで外観に目立った異常が現れにくいのも、疲労破壊が厄介な理由の1つだ。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR
スポンサーからのお知らせPR
Pickup ContentsPR
Special SitePR
あなたにおすすめの記事PR